2012年9月6日木曜日

イムジャ氷河湖調査からの展望-住民参加型の現地調査の必要性-


イムジャ氷河湖調査からの展望-住民参加型の現地調査の必要性-


20094月下旬から5月上旬にかけて長野県環境トレッキング隊に同行し、氷河湖の決壊による洪水災害(GLOF)が懸念されている東ネパールのクンブ地域のイムジャ氷河湖へ行ってきました。私は7年ぶりのイムジャ氷河湖でしたが、氷河末端が崩壊するカービングで氷山が氷河湖にたくさん浮かんでいるさまは以前には見られなかったもので、活発な氷河末端の後退、つまり氷河湖の拡大を示していました。ただ、イムジャ氷河湖の拡大がGLOFを引き起こすかどうかは検討を要すると思われます。


私はクンブ地域でGLOFを引き起こしたイムジャ・コーラの1977年のミンボー(GLOF直後:文献)、ボテ・コシの1985年のディグツォ(GLOF後)またヒンク・コーラの1999年のサボイ(GLOF前)の氷河湖をせき止めているモレーン構造を見てきましたが、いずれも幅が数十メートルと狭いもので、モレーン中の化石氷が溶けたりすれば、古くなったロックフィル・ダムのように構造が弱くなりますので、幅の狭いモレーン構造が決壊の要因になり、GLOFを引き起こしたと考えています。ところが、イムジャ氷河湖の場合は、前述のGLOFを引き起こした各氷河湖とは異なり、エンド(末端)モレーンもサイド(側)モレーンも幅が数百メートルに達していますので、モレーン中の化石氷が部分的に溶けたとしても十分に強度を保つことができると思われました。
また、イムジャ氷河湖のような幅の広いエンド・モレーンを持ちながらGLOFを引き起こした例として、1994年のブータンのルナナ地域のルゲ氷河湖がありますが、決壊箇所はエンド・モレーンではなく、エンド・モレーンに隣接する幅の狭い左岸のサイド・モレーンでした。従って、巨大地震にでも見舞われない限り、かつディグツォのように氷河湖上流の岸壁からの落石や雪崩が湖面を直撃するような地形にはなっていませんので、イムジャ氷河湖の場合は当面GLOFが発生する可能性は少ない、と考えています。


ところが、イムジャ氷河湖近くのディンボチェ村の住民代表が私たちのところに来て、「去年は氷河湖調査隊が7隊きた。調査隊は危険だとは言うが、何が、どのように危険なのかは言ってくれない。危険という言葉が独り歩きしているので、学校も発電所も作ることができないで困っている。もう、調査隊はたくさんだ。今こそ、対策を考えてほしい。」と、危機感を真剣に訴えるのだった。
(例えば、K大学のGLOF早期警戒システムの設置などは余計に危機感をあおっているように思われる。)
危機感を訴えているクンブの住民たちは、実際にはイムジャ氷河湖をはじめ、GLOFを引き起こした上記の氷河湖を見ていない人が多く、自分で判断できないため、必要以上にこれまでの調査隊の「危険」情報に惑わされているのではないか。そこで、住民と一緒に、イムジャ氷河湖と、これまでにGLOFを引き起こした氷河湖のモレーン構造の違いを現地で見ながら、GLOFの実態・対策について対話をしていくことが、住民に安心感をもってもらうために必要だと考える。彼らの指摘する「対策」とは単にハードな、ツォーロルパ(氷河湖)で行われた人工的な水路工事建設のような大規模土木工事だけではなく、ソフトな住民の心のケアー対策を考えた、住民参加型の現地調査を実施する段階にきていることを強く感じました。

(文献)
Fushimi, H. et. Al. (1985) NEPAL CASE STUDY: CATASTROPHIC FLOODS, TECHNIQUES FOR PREDICTION OF RUNOFF FROM GLACIERIZED AREAS, INTERNATIONAL ASSOCIATION OF HYDROLOGICAL SCIENCES, 149, 125-130.

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