2017年ネパール通信8
バルンGLOFについての緊急報告
つい1週間ほど前、東ネパール・ヒマラヤのマカルー峰(8463m)南のバルン谷でGLOF(氷河湖決壊洪水)が起こったという新聞記事がでた。場所はバルン氷河とロアー・バルン氷河などがあるアルン川にそそぐ谷筋で、クンブ地域のイムジャ氷河湖の東側の地域である(写真1)。そこで、カトマンズ大学のリジャンさんと極地研究所の矢吹さんおよび長年の氷河調査でお世話になっているハクパさんたちに情報提供していただいてGLOFなのかどうか、さらにその発生地点の解明と問題点を探った。
そもそもこのバルンGLOFについて知ったのは、矢吹さんがフェイス・ブックに投稿した「GLOFが疑われる」とした4月21日の「Himalayan Times」の記事であった(写真2)。この記事によれば、4月20日午後4時頃、支流のバルン川からの土砂がアルン川をせき止め長さ3キロのダムを作り、河岸の家が浸水した原因としてGLOFの可能性があることを報告している。ところが、カトマンズ大学のリジャンさんによれば、この災害はGLOFによるのではなく、地滑りや土砂崩れが原因であるのとのことであった。
バルン川のGLOFを報告する「Annapuruna daily」のネパール語の記事を知らせてくれたのは1970年代からの友人のハクパさんであった(写真3)。学生たちに訳してもらうようにとのことであったので、さっそく学生に見てもらうと、見出しは(Millions property damaged due to GLOF, a way to Makalu destroyed.)で、GLOFにより住民の財産に被害がでるとともに、マカルーへの道が破壊されたという。リジャンさんによると、この記事がバルン谷のGLOFのことを報告しており、4月19日に起こったとのことである。
写真3 東ネパール・ヒマラヤのバルン川のGLOFを報告する「Annapuruna daily」のネパール語の記事。
そこでリジャンさんは矢吹さんに新しい衛星画像情報の提供を依頼するメイルを送ったところ、矢吹さんから、まず4月18日のヨーロッパの衛星画像Sentinel2が送られてきた(写真4)。GLOF発生以前の画像であるが、画像左上にはバルン氷河とロアー・バルン氷河などが写っており、事前状況を示す画像である。
写真4 東ネパール・ヒマラヤのバルン川周辺の4月18日のヨーロッパの衛星画像Sentinel2。
そこで、矢吹さんから再び4月25日の合成開口レーダー (synthetic aperture radar)画像が送らてきた(写真5)ので、リジャンさんがさっそく画像を点検し、黄色の点線が示すバルン氷河とロアー・バルン氷河の間で、バルン氷河下流部の末端モレーンから続く白色の流水跡のような特徴から、今回の災害はGLOFではなく、バルン氷河上の池などの水が越流してきた鉄砲水のような洪水現象である(The recent flood in that area was not a GLOF. It is just a flash flood caused by draining of one or many supra-glacier ponds on the Barun Glacier.)、と解釈したのである。 リジャンさんはすぐに仲間のネパールの水文・気象局(Department of Hydrology and Meteorology)にそのことを伝えると、仲間からは「Thank you sir for this important update.」という返事が寄せられた。去年夏のチベット側からGLOFが発生した時は、ネパールの水文・気象局の人たちがグーグル・アースの画像を使って発生地点を解析していたところを見ると、ネパールの人たちには新しいGLOF現象を示す衛星画像が手に入りにくい現実があり、矢吹さんの衛星画像の情報は大いに役立ったといえる。
写真5 東ネパール・ヒマラヤのバルン川周辺の4月25日の合成開口レーダー画像。
そこで、矢吹さんからすでに送られてきていた4月20日のLandsat画像 はかなりの部分が雲に覆われているが、幸いなことに、バルン氷河とロアー・バルン氷河(黄色の点線)周辺が見える(写真6)のでチェックすると、合成開口レーダー画像(写真5)に示された鉄砲水のような洪水跡は見えてはいないのだ。GLOF後のLandsat画像なのに、なぜその証拠が示されていないのか。とすると、4月19日というGLOF発生日にも(4月20日以後かもという)疑問が出てくるのである。また、GLOFは言うにおよばず、鉄砲水にしても、下流の谷筋への侵食作用の影響が出るので、晴天時の画像があれば、さらに下流域もふくめた広域的な影響評価ができるのではなかろうか。
写真6 東ネパール・ヒマラヤのバルン川周辺の4月20日のLandsat画像
1970年代後半のミンボー(ナレ)谷のGLOFをはじめとして、ネパール・ヒマラヤでは、10年に1回ほどの頻度でGLOFが発生していることもあり、新聞紙上でもとりあげられているが、GLOF現象の解明にあったては、氷河湖が実際に決壊して洪水が起こったのかどうかの実証が必要になる。
最後にもうひとつ気になるのは、今回のGLOF情報の解析経過を見ていると、リジャンさんの個人的な人脈で矢吹さんなどから衛星画像の最新情報を送ってもらっていた(その他にも中部大学の福井さんなどにも情報提供を呼びかけていたそうだ)が、「ヒマラヤの氷河や災害の研究センター」になっているリジャンさんの研究室や前述のネパールの水文・気象局、さらにヒマラヤ地域の広域的な研究を行っているICIMODなどが独自に最新情報を取れるようになっていないこと、も今後の課題として残されていることを指摘しておく。
今日からカトマンズに出て、5月初めの1週間はポカラで過ごします。では、皆さまもご自愛ください。
(相変わらず、カッコウが鳴いてくれているカトマンズ大学の宿舎で、4月28日朝記す)
追記1
写真7 東ネパール・ヒマラヤのクンブ地域のゴキョウ(1973年撮影)。
氷河表面からの溢流(氾濫)水が、かつての氷河拡大期に形成されたモレーンの地形を侵食した地形はネパール・ヒマラヤの氷河下流部のサイド・モレーン(側堆石)やエンド・モレーン(末端堆石)地帯に見られ、その典型的な地形がゴジュンバ氷河下流部右岸のゴキョウ*である(写真7)。 1970年代には、今回のバルン氷河下流部で発生したと思われる氷河からの鉄砲水(flash flow)で形成されたゴキョウの扇状地に夏のカルカ(放牧小屋)があったが、現在では、そこにたくさんのホテルが建ち並んでいる(写真8)。ゴジュンバ氷河下流部のサイド・モレーンも、クンブ氷河やイムジャ氷河などと同様に、16世紀の氷河拡大期に形成されたので、これらの地形的特徴は比較的最近の自然史を物語っている。はたして、16世紀にヒマラを越えて民族移動してきたシェルパの人たちが、ゴキョウなどの夏のカルカでこのような鉄砲水(flash flow)を経験したかどうか、は興味ある出来事である。
* 2013年秋ネパール調査
東ネパール・クンブ地域の調査
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html
写真8 東ネパール・ヒマラヤのクンブ地域のゴキョウ(2013年撮影)。
追記2
写真3の下のネパール語の説明文を訳してもらったところ、「GLOFは木曜日(4月20日)午後に高度4410mのラングマレ湖から発生し、ホテルや橋、茶店、納屋を破壊し、トレッカーが立ち往生している」ことが書かれている、とのことである。とすると、発生日時に関しては、写真2のHimalayan Timesの記事と共通している。従って、4月20日撮影のLandsat画像(写真6)にGLOFの影響が出ていないこともうなずけるが、リジャンさんの言う4月19日発生説はどういうことになるのか。ランタン村の雪崩発生日時の情報に関しても人によって異なっていることを経験した*が、基本的な災害情報の収集・整備・広報の必要性を今回も痛感した。
*2017年ネパール通信5
ランタン村周辺の雪崩災害と災害地形などについて
http://glacierworld.net/travel/nepal-travel/2017-2/lantang-disaster/
0 件のコメント:
コメントを投稿