2012年雪氷学会発表原稿
ヒマラヤ・フィールド報告-セティ川洪水とマディ川氷河湖決壊洪水の原因-
ヒマラヤ・フィールド報告-セティ川洪水とマディ川氷河湖決壊洪水の原因-
福山市立大学で行われた雪氷学会の報告内容は以下のとおりである。
1)ネパール・ヒマラヤの洪水と氷河湖決壊洪水の調査を今春行いましたので報告します。場所はネパール中央部ポカラ北部で、マディ川の氷河湖決壊洪水の報告を読みますと、(field verification was not done)と書いていますので、是非現地調査をしようと考えました。やはりフィールドワークの重要性を実感したのは、この氷河の位置がネパールでもっとも低く、典型的な雪崩涵養型の特徴が氷河湖決壊洪水を引き起こしていることがわかったからです。
ところが、ポカラに着きますと、セティ川の洪水が発生しましたので、調査に加えました。セティ川洪水に関しては、いくつかの報告がありますが、たとえばICIMODの大規模な湖があったとするGLOF説のように、現地調査をふまえずだした卓上プランだと思います。最近はこの手の報告が多いのではないでしょうか。
やはり、セティ川洪水の実際の特徴をつかんだ上で、できるだけ早く、その原因を明らかにするための調査が必要ですので、洪水発生から1週間後に行いました。調査期間中は、午後から夜半にかけて積乱雲の発達で、例年より半月ほど早いモンスーンの雨期を思わすような凄まじい雷雨で、5月中旬にもかかわらず、ヒルに食われながらの踏査でした。
2)ポカラ・ラムガートのセティ川の流況比較
洪水初期の2週間ほどは泥質の流況で、その後、粘土質の濃い水流へ変化したことが、まずこの洪水の基本的特徴で、従来のいわゆるグレーシャー・ミルクの流況を取り戻すことはなかった。洪水流の粒度は2mm以下の細かい物質である。
3)これはYouTubeで公開されている画像です。この画像に見られるように、セティ川洪水の第1の特徴は泥流で、その泥流は繰り返し8回位以上発生したと報告されています。なぜそうなったのかが、基本的な課題です。
5月5日は土曜日で、ネパールの休日であるため、行楽客が温泉地域などへ出かけていたので、携帯で多くの写真やビデオが撮られ、ディプラン温泉地へ押し寄せる洪水や川で流される人たちの痛ましい画像が公開されています。この洪水の犠牲者は13人が死亡、50人以上が行方不明です。
4)(矢吹氏の提供による)セティ川最上流部で、アンナプルナⅣ峰西部の3月から4月のランドサット衛星画像
上の左の3月上旬の積雪域が、右の3月下旬から、下の左の4月上旬から4月下旬にかけて、融解が進んでいたことを示しています。ただ、ICIMODが報告した大規模な氷河湖は認められません。
5)洪水発生翌日の5月6日のランドサット衛星画像(矢吹氏の提供による)
矢吹氏は星印の地域の地形変化が大きいことを指摘したが、3km*5kmの融雪域が、アンナプルナⅣ峰西方に拡大した現象に注目しました。なお、このグーグル画像には、アンナプルナⅡ峰南部のマディ川上流の(Gapche)氷河・湖も写っています。
6)5月6日のランドサット衛星画像の拡大画像
融雪域の拡大域をつぶさに見ると、舌状の末端部から推定される、いくつかの地すべり地形が複合している、と解釈できます。複合している地すべりが洪水の引き金になり、しかも何回にもわたり発生したことが、8回以上の泥流を形成した可能性が考えられます。
7)泥の起源(プリチブ・ナラヤン・キャンパスの方が撮影したヘリコプターによる空撮画像)
堆積物下部は灰色の粘土で水平からやや傾いた堆積構造があるので、かつての湖沼堆積物と思われる。また、その上部は黒褐色のモレーン堆積物が覆っている。モレーン堆積物が地すべりを起こしているので、セティ川洪水の初期に流出した泥流はモレーン堆積物が起源であると推定された。
8)地すべりと水流(プリチブ・ナラヤン・キャンパスの方が撮影したヘリコプターによる空撮画像)
アンナプルナⅣ峰西方には、モレーンが崩れた箇所に地すべり地形が分布するとともに、モレーンの斜面には、融雪や豪雨に起因する水流の跡を示すガリー状の地形も認められる。泥質の物質を流出させた大規模な地滑り現象はまさにバッドランド上部の黒褐色の地層部分で起こっているので、融雪水や夕方から夜間の豪雨などによって、このモレーン堆積物を押し出し、上部の黒褐色泥質部分が流出してくれば、下流のポカラ周辺で観察された泥質の洪水流を説明できる、と考えている。温暖化でセティ川上部の地すべり現象が活発化し、今後とも泥流発生の可能性が高いと思われる。
ただ、泥流を引き起こす水量として、融雪や豪雨だけで十分なのか、さらにデブリ氷河地帯の地すべりに伴う氷体中の水の排出を、サージ現象のように考慮すべきかは今後の課題であると思われる。
9)セティ川最上流部の崩壊地形がつくるバッドランド地形と地すべり地形(プリチブ・ナラヤン・キャンパスの方が撮影したヘリコプターによる空撮画像)
マチャプチャリ東方地域のバッドランド地形域に褐色のモレーンの地すべりが到達し、セティ側の最上流部の滝を泥水が流下しているのが認められる。
10)調査7日目にマディ川上流域の(Gapche)地点にある岩屑に覆われた氷河に到達した。
マディ川上流域ではアンナプルナⅡとⅣ峰からの氷河、およびアンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールからの雪崩によって涵養される(Gapche)氷河があるのがわかる。このグーグル画像は昨年末のもので、従来は古いランドサット画像だったので、ガプチェ氷河湖は認識できなかった。
11)雪崩の雪煙
(Gapche)氷河・湖地域を離れた調査8日目に、アンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールの峰々に囲まれた高度約7000mの氷河が崩壊した雪崩が高度差4000mを落下し、(Gapche)氷河を涵養しているのである。
12)雪崩涵養型の(Gapche)氷河末端の高度は、これまでネパール・ヒマラヤで知られている最低位置の約2500mである。ICIMODのSamjwal Bajracharya氏が言うには「われわれの氷河台帳では、ネパールで最低位置の氷河はBudiの3273mである」とのことで、従来の最低位置氷河よりも700m以上も低く、森林限界よりも1500m低いところに氷河湖が形成されている。
村民によれば、15年前には氷河湖はなく2003年と2005年および2009年に氷河湖の決壊洪水(GLOF)が発生した、と言っていることから考えると、2000年前後から(Gapche)氷河の末端部が融解し、氷河湖が形成されたこと、また高度7000m周辺の氷河の大崩壊が起これば、直接氷河湖に達し、大(津)波を発生させ、GLOFをひきおこす要因になるであろうことは容易に推察できる。
温暖化の進行とともに氷河や岩壁の崩壊が進む可能性は大いにあるので、マディ川のGLOFは多発するのではないか、と危惧される。
13)クンブのGLOF関連図
雪崩涵養のミンボー、ラグモチェやサバイなどの小規模な氷河と湖がGLOFを発生させやすい。そうすると、ホング・コーラのチャムラン周辺の雪崩涵養の小規模な氷河湖がGLOFを引き起こす可能性が高いと解釈できる。
大規模なイムジャ氷河湖などはモレーンがしっかりしているので、直下型の大地震でもない限り、GLOF災害の可能性は低いと思われる。この10月から調査するマナスル近くのツラギ氷河湖はイムジャ氷河湖同様に大規模なものなので、大規模氷河湖の特徴を明らかにする調査をしたいと考えている。
14)ホング・コーラのチャムラン周辺の雪崩涵養の小規模な氷河湖
HX220は安全だが、HX450とHX460がGLOFを引き起こす可能性が高いだろう。
温暖化の進行とともに氷河や岩壁の崩壊が進む可能性は大いにあるので、このようなGLOFは多発するのではないか、と危惧される。この種のGLOF発生機構は、言ってみれば、いわば“水鉄砲”のようなもので、高度7000m周辺の氷河や岩壁の大崩壊によるエネルギーで、氷河湖水が鉄砲水のように押しだされて洪水を発生させるイメージといえよう。
15)謝辞
ポカラのプリチブ・ナラヤン・キャンパスの方が撮影したヘリコプターによる空撮画像が、大いに参考になりましたので、改めて謝意を表するしだいです。彼らとはセティ川調査2日目の宿泊地で一緒になり、ヒルに食われながらの現地調査の苦労話を聞くことができた。フィールド・ワーカーがネパールにもまだ健在なのを実見して頼もしい感じがしました。一方、コンピュータのデータ解析中心の(ある意味では日本の若者とも共通する)ICIMODのSamjwal Bajracharya氏からは彼の未発表資料を聞くことができた点で謝意を表する。
PS
ICIMODのSamjwal Bajracharya氏のパソコンのランドサット画像には、最新の(Gapche)氷河・湖の画像が取り込まれているのであるが、彼はこれまで気が付いていなかった、とのことだった。古いパソコン画像を解析してきた彼と現地調査をするポカラのプリチブ・ナラヤン・キャンパスの地理学教室の方々との違いを見たような気がした。そこで彼には早速、現地で撮ったGapche氷河・湖の写真をとりあえず送ったしだいである。
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