大西洋の南北循環の停止と地球環境への影響 (2)
1) はじめに
「大西洋の南北循環(AMOC;注1)の停止と地球環境への影響」については、デンマークのコペンハーゲン大学の物理気候学者、ピーター・ディトレフセン氏らが2023年7月25日、「このまま温室効果ガスの排出が続けば、AMOCは今世紀半ば、早ければ2025年にも停止する恐れがある」(資料1)との研究結果を科学誌ネイチャーに発表し、その時期が“今年”になるかもしれぬというので驚いたが、オランダのユトレヒト大学の海洋大気の研究者のレネ・バン・ウェステン氏は「AMOCが崩壊すれば、人為的な気候変動による負の副作用で、さらなる熱波や干ばつ、洪水をひきおこし、加えて異常気象が引き起こされる」と2024年8月5日に警告している(資料2)。そして今回、「大西洋の海水が深層で南下し、表層で北上するAMOCが減衰すると、北西ヨーロッパがより強い寒波に見舞われる」ことを6月11 日、Rene M. van WestenとMichiel L. J. Baatsen両氏がEuropean Temperature Extremes Under Different AMOC Scenarios in the Community Earth System Modelの題でGeophysical Research Letters誌に発表した(資料3)。ちょうど、フランスのニースで海の生態系の保全などを話し合う国連海洋会議(資料4;注2)が開かれている最中であった。この発表を受けてCNNは、「ロンドンでは冬の気温がー19℃まで下がるとともに、オスロでは最低気温がー48℃に達し、年間の46%は最高気温が0℃を下回る」と報告している(資料5)。大西洋の南北循環の停止と地球環境への影響については、このブログでも紹介してきた(資料6)が、今回のRene M. van WestenとMichiel L. J. Baatsen両氏の発表でますます現実味をおびてきた地球環境の深刻な課題をまとめた。
注1
AMOC(Atlantic Meridional Overturning Circulation;大西洋子午面転覆循環)とは、大西洋の海水が深層で南下し、表層で北上する南北循環(図1の点線内)を示す。
図1 海洋大循環図;点線内の大西洋では南北循環(AMOC)が現れる。
資料1
大西洋の海洋循環、今世紀半ばにも停止か 「早ければ2025年」
2023/07/26
https://www.cnn.co.jp/fringe/35207007.html
資料2
大西洋の海洋循環、早ければ2030年代後半にも停止か
2024/08/05
https://www.cnn.co.jp/fringe/35222382.html
資料3
Geophysical Research Letters
Research Letter
European Temperature Extremes Under Different AMOC Scenarios in the Community Earth System Model
René M. van Westen, Michiel L. J. Baatsen
First published: 11 June 2025
https://doi.org/10.1029/2025GL114611
資料4
国連海洋会議 アメリカの海洋資源開発に制限求める訴え相次ぐ
2025/06/11
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250611/k10014831661000.html
注2
アメリカのトランプ政権は4月、自国の排他的経済水域以外でも海底の鉱物資源の採掘を進める方針を示した。あたかも、石油・ガスのさらなる増産を主張するトランプ氏の「掘って、掘って、掘りまくれ」スローガンの海洋版のようだ。しかし、海底の鉱物の採掘は深海の生態系などに対して悪影響を与えるおそれも指摘されていることから、国連海洋会議に参加した首脳らからは採掘の制限などを求める訴えがでている。開催国フランスのマクロン大統領は「深海を破壊して生物多様性を乱すのは正気ではない。深海は売り物ではない」と述べ性急な開発に反対したほか、国連のグテーレス事務総長も「深海を無法地帯にしてはならない」とくぎを刺している。また、ブラジルのルーラ大統領も「海洋における自国第一主義の脅威が浮上している。私たちは国際貿易のルールが侵食されたのと同じ運命を海に繰り返させてはならない」と述べている。アメリカは今回の会議に閣僚を派遣せず、フランス大統領府によると、オブザーバーとしての参加にとどまるということで、海底資源の開発をめぐる国際社会の立場の違いが浮き彫りになっている。
資料5
地球温暖化で大西洋海流システムに崩壊の恐れ、欧州では氷点下48度に達する都市も
2025/06/12
https://www.cnn.co.jp/fringe/35234193.html
資料6
大西洋の南北循環の停止と地球環境への影響
https://glacierworld.net/home/ecological-effect-of-atlantic-ocean-flow/
2) コペンハーゲン大学の物理気候学者、ピーター・ディトレフセン教授らの従来の報告
海洋大循環(図1)が示すように、大西洋の深層で南下するのが冷たい「北極低層水」(青矢印)で、表層で北上するのが暖かい「メキシコ湾流」(赤矢印)である。北極海で冷やされた塩分濃度の高い、従って密度が大きいため、北極低層水はメキシコ湾流の下を潜り込んで南下し、AMOCを形成する。グリーンランド沖で沈み込んだ北極低層水は、大西洋を南下し、南極海を経て、インド洋や太平洋へ達すると北上し、上層の海水と混合して密度が小さくなることによって上昇する。北太平洋とインド洋では北大西洋とは逆に、深層水が上昇し、その後は表層海流としてアフリカ大陸南端を通り、大西洋をメキシコ湾流として北上、出発点のグリーンランド沖へ戻る。このように、地球全体の海水が循環しているのが海洋大循環で、海洋大循環の影響は日本にとっても大きく、豊富な栄養塩をもった北太平洋の深層水が上昇し、豊富な魚類を育む表層の親潮や黒潮が形成されるので、日本近海の北太平洋は世界の三大漁場の一つになっている。
さて、デンマークのコペンハーゲン大学の物理気候学者、ピーター・ディトレフセン教授らが2023年7月25日、「このまま温室効果ガスの排出が続けば、大西洋の海水が深層で南下し、表層で北上する南北循環(AMOC)は今世紀半ば、早ければ2025年にも停止する恐れがある」との研究結果を科学誌ネイチャーに発表した(資料4)。そしてさらにこの研究に関しては、オランダのユトレヒト大学の海洋大気の研究者のレネ・バン・ウェステン氏が「人為的な気候変動による負の副作用で、さらなる熱波や干ばつ、洪水をひきおこし、AMOCの停止から数十年後には北極の氷が南下し始めて、欧州をはじめ米国の一部を含む北米大陸の平均気温は低下し、アマゾンの熱帯雨林では季節が完全に逆転するなどの異常気象が引き起こされる可能性があるので、非常に心配だ」(資料5)と2024年8月5日に警告していることを忘れてはならない(新情報1)。
新情報1
CNN報告(資料5)
地球温暖化で大西洋海流システムに崩壊の恐れ、欧州では氷点下48度に達する都市も
https://www.cnn.co.jp/fringe/35234193.html
(L) 大西洋の海氷=2022年7月19日/Kerem Yücel/AFP/Getty Images
(R) 米ニュージャージー州ケープ・メイに打ちつける波=2016年1月23日/Andrew Renneisen/Getty Images
(CNN) 大西洋の重要な海流ネットワークである「大西洋子午面循環(AMOC)」が崩壊した場合、世界各地が極寒に陥り、一部の都市では冬の気温が氷点下48度まで低下するなど「深刻な気候的・社会的影響」をもたらす恐れがある。11日にジオフィジカル・リサーチ・レターズ誌に掲載された研究で明らかになった。
AMOCの行方には懸念が高まっている。AMOCは巨大なベルトコンベアのように機能し、南半球や熱帯地方から北半球へ暖かい水を引き寄せ、そこで冷やされて沈み込み、再び南へと流れ込む海流システムだ。
複数の研究によると、AMOCは衰えつつある。地球温暖化によってAMOCの循環を支える熱と塩分のバランスが崩れ、今世紀中に崩壊する可能性さえあると予測する研究もある。そうなれば、地球規模の気象・気候に大きな変化が生じ、欧州の気温が急激に低下しかねない。欧州の温暖な気候はAMOCに依存しているためだ。
一方で、こうした影響によって寒冷化と温暖化のいずれが勝るのかは明らかではない。オランダ・ユトレヒト大学の海洋・大気研究者で、論文の共著者であるルネ・ファン・ウェステン氏はCNNに対し、今回の研究は、最新の複雑な気候モデルを用いてこの疑問に答えた初めての研究だと語った。
研究者らは、AMOCが80%弱体化し、産業革命以前と比べて地球の気温が約2度上昇するというシナリオを想定。AMOC崩壊後、気候が安定していく数十年で何が起こるかに焦点を当てた。現在の地球の気温は1.2度上昇している。
研究では、地球が温暖化している状況下でも、欧州では冬の平均気温が大幅に低下し、極寒の度合いが増すなど、「大幅な寒冷化」が見られることが分かった。これは、AMOCが崩壊しても気温が上昇し続けることが明らかになった米国とは大きく異なる状況だ。
海氷は南下し、スカンジナビア、英国の一部、オランダまで広がると研究は示唆している。氷の白い表面が太陽エネルギーを宇宙に反射し、冷却効果を増幅するため、極寒の度合いが著しく高まると予想される。
研究者らが作成したAMOC崩壊の影響を示すインタラクティブマップによれば、英ロンドンでは冬の気温がー19℃まで下がる可能性がある。ノルウェーのオスロでは最低気温がー48℃に達し、年間の46%は最高気温が0℃を下回る可能性がある。
また、欧州の一部では嵐の度合いも高まるという。欧州の南北で気温差が拡大することでジェット気流が強まり、北西部上空で嵐の強度が増すからだ。
ファン・ウェステン氏は、北半球の多くの地域ではこのような極寒の気候に耐えられるように社会が構築されていないと警鐘を鳴らす。作物は枯れ、食料安全保障が脅かされ、インフラが崩壊する恐れがある。
AMOCの崩壊は主に欧州の冬季に影響を及ぼすが、気候危機が進むにつれ、夏季には深刻化する熱波に見舞われるとみられる。
一方、南半球では温暖化が進むと予測されている。
科学者たちは、AMOCの崩壊がさらに温暖化した世界に与える影響についても調査した。ファン・ウェステン氏は、地球の気温が産業革命以前の水準より約4度上昇すれば、その熱が欧州でのAMOCの崩壊による冷却効果を上回り、「温暖化のシグナルが勝つ」と述べた。
しかし、AMOCの崩壊がもたらす影響は気温だけではないという。海面上昇もその一つで、特に米国に影響を及ぼす。最近の研究によると、AMOCの衰えによって北東部沿岸ではすでに洪水が大幅に増加している。
3) Rene M. van WestenとMichiel L. J. Baatsen両氏の論文(資料3)
European Temperature Extremes Under Different AMOC Scenarios in the Community Earth System Model(Community Earth System Modelにおける異なるAMOCシナリオ下のヨーロッパの異常気温)
要約(グーグルBardによる訳)
Community Earth System Model(CESM)を用いた最近のシミュレーションにより、大西洋子午面循環(AMOC)の急変(ティッピングイベント)がヨーロッパを数℃冷却する可能性が示されました。このAMOCの急変は、産業革命前の一定の温室効果ガス強制力の下で確認されましたが、地球温暖化はこのAMOCによる冷却効果を抑制すると考えられています。本研究では、異なるAMOCの状態と気候変動シナリオの下でのヨーロッパの気温応答を定量化しました。AMOCが著しく減衰し、かつ中程度の地球温暖化(<2℃、Representative Concentration Pathway(代表的濃度経路)4.5)の場合、北西ヨーロッパに顕著な冷却効果をもたらし、より強い寒波に見舞われることがわかりました。最も大きな気温応答は冬季に観測され、これらの応答は北大西洋の海氷の範囲に強く影響されます。AMOCの崩壊下での北大西洋のストームトラック活動の活発化は、日々の気温変動を大幅に増大させます。結論として、(遠い)将来のヨーロッパの気温は、AMOCの強度と排出シナリオの両方に依存すると言えます。
要点(グーグルBardによる訳)
・RCP4.5シナリオ下でのAMOCの弱化は、ヨーロッパにおける季節的な気温変動を増幅させ、冬季には著しい冷却をもたらします。
・北大西洋の海氷の範囲は、ヨーロッパの寒波の強度を強く左右します。
・(遠い)将来のヨーロッパの気温は、AMOCの強度と排出シナリオによって決まります。
平易な言葉で解説(グーグルBardによる訳)
大西洋子午面循環(AMOC)は、ヨーロッパの気候を穏やかに保つ役割を担っています。しかし、気候変動が進むとAMOCが大幅に弱まり、地球全体が温暖化する中で、ヨーロッパは逆に冷え込む可能性があります。この研究では、Community Earth System Model (CESM) を用いて、AMOCと気候変動の様々なシナリオの下で、ヨーロッパの気温がどのように変化するかを数値的に評価しました。気候変動の影響を考慮せずにAMOCが完全に停止した場合、北西ヨーロッパでは冬の極端な寒さがより厳しくなることが分かりました。この寒さの増大は、北西ヨーロッパ近傍に海氷が存在することと関連しています。一方、中程度の地球温暖化(C)の下でAMOCが弱まった場合、海氷の縁はさらに北に後退し、気温への影響は小さくなりますが、それでも無視できないほどの変化が見られます。気温の変化だけでなく、AMOCが大幅に弱まると、冬の嵐が強まり、日々の気温変動が大きくなることも予想されます。結論として、(遠い)将来のヨーロッパの気温は、AMOCの強さと地球温暖化の度合いによって決まる、と言えるでしょう。
4) まとめ
4-1) ”温暖化すると寒冷化する“パラドックスを恐れるヨーロッパ!
北緯45度の北海道北東部のオホーツク海は冬に流氷に覆われて、人間活動が停止している。しかし、北海道より1500km以上北に位置するヨーロッパの北緯60度以北のイギリス北部やノルウェーなどは暖かいメキシコ湾流のおかげで、冬でも港などが凍らないため人間活動が活発だ。ところが、「AMOCの停止から数十年後には北極の氷が南下し始めて、100年後には、英イングランドの南海岸まで到達するということになる。欧州をはじめ、米国の一部を含む北米大陸の平均気温は低下する」(資料2)と報告されている。そうなると、ヨーロッパの人間活動が制約を受けるとともに、イギリスとノルウェーにまたがる北海には石油や天然ガス採取のための櫓が林立しているので、そこに「北極の氷が南下」してくると、それらの櫓は倒され、石油産業が打撃を受ける。そのためもあり、ヨーロッパの人たちは、”温暖化すると寒冷化する“というパラドックスを恐れているようだ。だから、ヨーロッパの人たちは地球温暖化防止に大変熱心で、その象徴が「学校ストライキ」を行ったスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリさん(注3;資料7)だと思う。
国連の気候変動枠組み条約の締約国会議(COP;Conference of the Parties))では、ヨーロッパの人たちがリーダーシップを発揮し、2015年の会議(COP21)でパリ協定を採択、気候変動問題の対応に関する国際的な枠組みがまとまった。その協定は1997年のCOP3で採択された京都議定書以来18年ぶりとなる気候変動に関する国際的枠組みであり、気候変動枠組条約に加盟する196カ国全てが参加する取り決めとしては史上初。それを機に世界の気候変動への取り組みが加速した。パリ協定(資料8)では、「産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑え、加えて平均気温上昇1.5度未満を目指すための対策として、2030年までに、EUでは1990年比で温室効果ガス排出量を国内で少なくとも40%削減、またスイスでは1990年比で温室効果ガス排出量を50%削減するのに対して、日本では2013年比で、温室効果ガス排出量を26%削減」するとしている。そこでヨーロッパの人たちは、「すべての国が日本レベルの目標を採用するならば、地球温暖化が21世紀に3℃から4℃を超える可能性が高く、不十分である」(資料8)として日本の対策を批判し、温暖化防止の国際会議が開かれるたびに、脱炭素に後ろ向きとされる日本には不名誉な「化石賞」が環境団体からあたえられている。
さらに、アゼルバイジャンの首都バクーで2024年11月11日に開かれたCOP29(資料9)は「ファイナンス(資金)COPと呼ばれ、気候変動に脆弱な途上国が対策を進めるために必要な資金を国際的にどのように集め、配分するかについての合意を目指したが、資金目標で何らかの合意につなげたとしても、2024年11月のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領がホワイトハウスに戻ることになったので、かつてのアメリカが行ったパリ協定への否定的な対応と同様に、COP29の新協定を再びほごにするのは確実だ」というトランプ・リスクが地球温暖化対策へ大きな影響をあたえている(資料10)。そこでUNEP(国連環境計画)はCOP29開催がされるのを前に、「2023年の温室効果ガスの排出量は2022年に比べ1.3%増加し、571億トンと過去最も多く、国別ではEUが7.5%、アメリカが1.4%、それぞれ減少してはいるが、中国が5.2%、インドが6.1%、それぞれ増加している。このままでは世界の平均気温は今世紀末までに産業革命前に比べて、2.6度から3.1度上昇するという見通しを示し、パリ協定に基づき、気温の上昇を1.5度に抑えるという国際社会の目標の達成には、2030年までに排出量を2019年と比べ42%削減する必要がある」との報告書を発表し、そのため国連のグテーレス事務総長は、「今回の報告書は明確で、私たちは火遊びをしているが、もうこれ以上時間稼ぎはできないということだ」(資料11)と警告し、さらなる対策の必要性を訴えている。
注3
スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんは、人権団体と協力して食料や医薬品を載せた船に乗り込み、パレスチナのガザ地区に向かっていたが、イスラエル側は6月9日、地中海で船の航行を阻止した。そのグレタ・トゥーンベリさんについて、アメリカのトランプ大統領は同日、記者団に対して、「変わった人だ。若くて怒りっぽい人だ。彼女は怒りをコントロールする講習に通うべきだと思う。それが彼女へのいちばんのアドバイスだ」(資料7)と彼は述べたそうだが、彼女への彼のアドバイスこそ、彼に授けたい。
資料7
グレタさん「国際海域で拉致された」と批判 イスラエルから送還
毎日新聞 2025/6/10
https://mainichi.jp/articles/20250610/k00/00m/030/350000c
資料8
パリ協定
https://ja.wikipedia.org/wiki/パリ協定_(気候変動)
資料9
COP29につきまとうトランプ氏の影
2024/10/18
https://mainichi.jp/articles/20241017/k00/00m/030/171000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20241019
資料10
パリ協定再離脱、米石油・ガス業界は反対 トランプ政権と異例の不協和音
2025/01/23
https://jp.reuters.com/markets/commodities/UIXUM4AHY5KS7NV6JS2HDUYPUI-2025-01-22/
資料11
国連 “世界の平均気温 今世紀末までに最大3.1度上昇”
2024/10/25
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241025/k10014618621000.html
4-2) 温暖化による海洋大循環と日本の漁業環境などへの影響
気象庁は6月27日に、西日本は晴れる日が多い見込みで、「九州南部と北部、四国、中国地方、近畿が梅雨明けしたとみられる」と発表した。近畿は平年と比べて22日、去年と比べて21日それぞれ早い梅雨明けだ。このまま確定すると、九州南部をのぞいて気象庁が統計を取り始めてから最も早い梅雨明けとなる。そして、この先1か月程度は暖かい空気に覆われるため気温が高い状態が続く見込みで、気象庁は「長期間の高温に関する気象情報」を出して健康管理に十分注意するよう呼びかけている(新情報2)。
日本各地では2024年の夏も2023年同様に猛暑だった。季節外れの暑さが続いた9月、東日本と西日本の平均気温は、9月としては気象庁が統計を取り始めてから最も高くなったことが報告(資料12)された。気象庁によると、全国の気象庁の観測点で35度以上の猛暑日となった地点数を積算すると1450余りに達し、比較ができる2010年以降、9月としては最も多くなり、9月は上旬から中旬にかけて各地で気温が高くなり、20日には静岡市で39.2度を観測するとともに、福岡県太宰府市では猛暑日の日数が9月中旬までで62日にも達した。2025年も猛暑が予想され、早くも6月中旬には真夏日が出現し、気象予報のテレビなどでは「躊躇なく(ためらわずに)エアコンを使用するよう」に呼びかけているほどだ。2004年夏の猛暑のため、僕が住む琵琶湖の瀬田川沿いのモミジは8月に紅葉がはやくも始まったかと思うと、9月には夏枯れがひどくなり、やがて葉が枯れ落ち、今年は目も出ずに枯れてしまった。葉桜のころに毎年決まったように現れる桜の葉を食べる虫(モンクロシャチホコ)の糞で瀬田川沿いの桜並木の歩道が黒くなるほどだったのだが、今年はその害虫が全然現れなかった。また、庭の水槽から梅雨明け頃には発生していた蚊も今年は姿を見せていない。これらの変化は、おそらく、温暖化が影響していることであろう。
2024年の猛暑の影響をふりかえってみると、北海道の大雪山系トムラウシ山(2141m)にあるトムラウシ南沼では、「夏場の残雪が減り続け、2024年の夏は確認できなかった(資料13)そうで、日本チョウ類保全協会理事で大雪山系の環境調査に取り組む写真家の渡辺康之さんによると、「沼の周辺では国の天然記念物に指定されているチョウのアサヒヒョウモンの個体数が減少。チングルマやエゾコザクラなど高山植物の群落が減る一方、乾燥に強いササの分布が拡大し、温暖化の影響が出ている」(資料13)ことが報告されていた。
新情報2
西日本各地で梅雨明け 猛暑日も
2025/06/27
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250627/k10014845851000.html
西日本や東日本はおおむね高気圧に覆われて晴れていて、西日本の各地で梅雨明けが発表されました。このまま確定すれば、九州南部をのぞいて気象庁が統計を始めてから最も早い梅雨明けとなります。
一方、27日も各地で暑さが続き、35度以上の猛暑日となるところもある見込みで、熱中症への対策を徹底してください。
気象庁によりますと、27日は西日本や東日本の太平洋側でおおむね高気圧に覆われ、広い範囲で晴れています。
西日本では、この先1週間も晴れる日が多い見込みで、気象庁は、27日午前11時に「九州南部と北部、四国、中国地方、近畿が梅雨明けしたとみられる」と発表しました。
各地の梅雨明けは、平年や去年と比べて、いずれも早く▽九州南部は平年より18日、去年より19日▽九州北部は平年より22日、去年より20日早くなっています。
また、▽四国は平年や去年と比べて20日▽中国地方は平年と比べて22日、去年と比べて24日▽近畿は平年と比べて22日、去年と比べて21日それぞれ早くなっています。
このまま確定すると、九州南部をのぞいて気象庁が統計を取り始めてから最も早い梅雨明けとなります。
一方、27日も東日本と西日本を中心に気温が上がっていて、午前11時までの最高気温は、▽宮崎県西都市で33.6度▽千葉県市原市の牛久で33.4度▽高知市で32.8度▽東京の都心で31.2度などと厳しい暑さとなっています。
午後はさらに気温が上がる見込みで、日中の最高気温は▽静岡市で36度▽宮崎市と甲府市で35度と猛烈な暑さが予想されています。また、▽高松市や埼玉県熊谷市で34度▽東京の都心や名古屋市で33度▽大阪市や広島市、那覇市で32度などと各地で厳しい暑さが見込まれています。
和歌山県と広島県、沖縄県の沖縄本島地方と八重山地方では、熱中症の危険性が極めて高くなるとして「熱中症警戒アラート」が発表されています。今月中旬から全国的に記録的な高温となっています。
この先1か月程度は暖かい空気に覆われるため気温が高い状態が続く見込みで、気象庁は「長期間の高温に関する気象情報」を出して健康管理に十分注意するよう呼びかけています。
適切に▽エアコンを使用し▽水分や塩分を補給するとともに▽屋外の作業ではこまめに休憩をとるなど、熱中症への対策を徹底してください。
資料12
東日本と西日本 9月の平均気温 統計を取り始めてから最高
2024/10/01
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241001/k10014597931000.html
資料13
トムラウシ南沼で夏場の残雪が減少 大雪山系温暖化影響で生態系に変化も<気候異変>
2024/10/25
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1079921/?utm_source=newsletter&utm_medium=mail&utm_campaign=2024102517
海洋大循環の影響は日本にとってみても大きく、「国内の漁業生産量のピークは1984年の1282万トンで、2023年には372万トンまで減少した。近海の主要魚種であるサンマ、サケ、イカ、サバ、カツオなどの落ち込みが大きい」(資料14)と報告されているように、1980年代以降の漁獲量減少の一因とされるのが、地球温暖化である。気象庁によると、「日本近海の海面水温はこの100年で1.28度高くなった。低水温を好むサンマの生息域が沖へ移ったり、サケが姿を消したりしている。ブリやフグの漁場が北上し、フグの漁獲量は北海道が全国一」となっている(資料14)。このことは、日本近海では、寒流の親潮の影響が衰え、反対に、暖流の黒潮の勢力が強くなっていることを示唆する。従って、北大西洋のグリーンランド沖を出発点とする海洋大循環は、めぐり巡って、日本近海の海流やひいては漁業環境などにも影響をあたえている可能性がある(新情報3)。
資料14
海の異変と日本漁業 資源守り持続可能な姿に
2024/08/17
https://mainichi.jp/articles/20240817/ddm/002/070/094000c
新情報3
最長「黒潮大蛇行」終息の兆し 猛暑は緩和される? Q&A解説
2025/6/19
https://mainichi.jp/articles/20250617/k00/00m/040/066000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20250620
(L) 展望台からは太平洋や水平線、足摺岬の豊かな自然を望むことができる=高知県土佐清水市で (R) 大蛇行はなぜ起こる?
日本列島の南岸を流れる黒潮。この世界最大級の海流が2017年から、通常と異なり大きく蛇行する動きを見せていました。気象庁は5月、この大蛇行に終息の兆しがあると発表しました。
今回の大蛇行は8年弱と、かつてないほど長く続きました。なぜこれほどの長期に及んだのでしょうか。またこの間、私たちの生活にどのような影響を及ぼしていたのか考えます。
Q そもそも「黒潮大蛇行」って何?
A 日本列島の南岸に沿って西から東へ流れる黒潮が、本来の通り道から大きく外れる現象をいいます。大抵は東シナ海から九州→紀伊半島→房総半島沖と、列島に沿って東へ抜けていきますが、この流れが紀伊半島から東海の南方沖でヘビのようにぐにゃっと大きく曲がることがあります。これが黒潮大蛇行です。
Q どうして起きるの?
A 本州と黒潮の間に冷たい渦が停滞することが原因です。冷たい渦は反時計回りで西向きに進む性質があるので、東へ流れる黒潮の強さと競り合うと1カ所にとどまります。
黒潮大蛇行が起きる時は、九州南東沖で小さな渦が発生し、黒潮に流されながら徐々に拡大して停滞することが知られています。地形的な特徴が関係していて、世界の海流でこうした現象が起きるのは黒潮だけだそうです。
黒船ペリーも目撃した?
Q よく起こるのかな。
A 黒潮大蛇行は気象庁が観測を始めた1965年以降6回発生していて、そう珍しいことではありません。黒船で有名なペリーの観測記録から、1854年にも大蛇行が起きていたとする説もあります。
今回の発生は12年ぶりで、7年9カ月(25年4月時点)続きました。記録が残る大蛇行はいずれも1年以上継続していますが、これまで最長だった4年8カ月(1975年8月~80年3月に発生)を更新し、最長となりました。
Q どうして長く続いているの?
(L) 黒潮の流量が少ないと大蛇行が長引く (R) 強い日差しが照りつける日本列島=嶋野雅明撮影
A 黒潮の流れが弱いことが原因です。黒潮は東京ドーム40杯分に相当する、最大約5000万立方mもの海水を1秒間で約2m運ぶ力があります。
流れが強ければ、渦を東へ押し流すことができますが、90年代から流量が減少傾向にあり、今回の大蛇行発生後の21年冬には毎秒2040万立方m(東経137度地点)まで減りました。過去の大蛇行の期間と照らし合わせると、流量が多い時は短期間で終息する傾向があります。
気候や漁業に影響
Q 私たちの暮らしにはどんな影響が出ているの?
A 黒潮は赤道付近から海洋の熱を日本近海へ運ぶ海流です。そのため、東海や関東の猛暑や豪雨の要因となっているという指摘もあります。東北大チームの研究によると、大蛇行で分岐した黒潮が、東海から関東沖の海水温を上昇させ、蒸発した大量の水蒸気が地上に供給されることで、夏の降水量増加や気温上昇を引き起こすそうです。
Q 大蛇行が終わると夏は涼しくなるのかな。
A 気候は気圧配置や大気の流れなどの複合的な要因で変化するため、大蛇行が終息したからといって涼しい夏になるとは限りません。気象庁の3カ月予報(6~8月)でも、日本全体で平年より気温が高い見込みとなっています。
Q 漁にも影響するの?
A 黒潮は日本の北方から流れる親潮に比べて栄養分が少ないのですが、海の生き物にも影響します。例えば、暖かい海域を好むカンパチやクロマグロは、大蛇行によって海水温が上がった関東や東海沿岸でよく取れる傾向になる一方で、海藻などは広い範囲で育ちにくくなりました。
(L) 特殊な光の照射を受け蛍光色に輝く、オヤユビミドリイシとみられるサンゴ=和歌山県串本町で2024年7月31日午後9時43分、三村政司撮影 (R) 黒潮大蛇行に終息の兆し
18年には紀伊半島西岸でサンゴの大量死も確認されています。冬に海水温が低下したことが背景にあり、大蛇行を一因とする見方もあります。
専門家「海流の常識が変化」
Q このまま大蛇行は消えてなくなるの?
A 気象庁は5月、「大きな蛇行が見られなくなり、終息の兆しがある」と発表しました。海流図を見ると、黒潮の流れが弱いまま、渦がちぎれて南に離れています。
実は20年10月にも一度渦が離れましたが、その時はすぐに大蛇行が復活しました。今回も、西に流れた渦が九州沖で再び黒潮に取り込まれ、再発達する可能性もあります。このため気象庁は3カ月ほどは観測を続け、終息したか慎重に判断する必要があるとしています。
Q 将来的にどうなるの?
A 黒潮に詳しい海洋研究開発機構の美山透・主任研究員は「流量が少ない傾向が続く場合、大蛇行が起きやすくなったり、長期化しやすくなったりする可能性がある」と指摘します。
流量が減少傾向にある原因はよくわかっていません。ただ、黒潮の推進力となる偏西風の蛇行が目立ったり、世界的に海水温が上昇したりしていて、海をとりまく状況の変化が影響していることも考えられます。
美山さんは「今までの海流の常識が変わってきている可能性がある。海の資源をどう守っていくのか長期的に考えなければならない」と話しています。
回答・高橋由衣(くらし科学環境部)
4―3) 温暖化による氷河の融解と海面上昇
1995年の東ネパール・クンブ地域の氷河調査に参加し、かつて長期間滞在したギャジョ氷河に17年ぶりに再会し、実に興味ある発見をした。というのは、1970年代にはいわゆる典型的なカール(圏谷)氷河だったギャジョ氷河が、著しく融解・消耗し、雪渓のような氷体に変化していたからである(写真3左)。そもそも、「氷河から雪渓に変化する」現象(資料15)を一生の内に体験できるとは思ってもいなかったので、大いに驚いた。クンブ地域の低位置氷河の全体的な縮小化・雪渓化がすすむなかで、溶け水が増えているため氷河湖が拡大し(写真3右)、間欠的な氷河湖洪水(資料16)や泥流被害、また場合によっては雪崩災害なども多発している。
写真3 融解によるギャジョ氷河の雪渓化(左)とフンク・ヌップ氷河の湖の拡大(右)
資料15
ヒマラヤ寒冷圏自然現象群集の将来像―生態的氷河学と自然史学の視点からー.(1997) 地学雑誌, 106, 2, 280-285.
資料16
Nepal Case Study: Catastrophic Floods (1985) Techniques for Prediction of Runoff from Glacierized Areas, International Association of Hydrological Sciences, 149, 125-130.
氷河湖決壊洪水
https://glacierworld.net/regional-resarch/himalaya/glof/
ヒマラヤ・フィールド報告
https://glacierworld.net/academic-conference/seppyou-gakkai2012/
バルンGLOFについての緊急報告
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/2017-2/barung-glacier/
バルンGLOFについての緊急報告2
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/2017-2/barun-report2/
バルンGLOFについての緊急報告3
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/2017-2/12-barunreport3/
緊急報告1―2024/08/16タメ村上流の氷河湖決壊洪水―
https://glacierworld.net/home/glof-thame-2024aug/
緊急報告2―2024/08/16タメ村上流の氷河湖決壊洪水―
https://glacierworld.net/home/thame-glof2024-02/
緊急報告3―2024/08/16タメ村上流の氷河湖決壊洪水―
https://glacierworld.net/home/thame-glof-2024-03/
ネパール・クンブ地方1995年パンガ雪崩報告. 1996 雪氷, 58, 2, 145-155.
スイス東部のピツォル氷河は、スイス連邦工科大学チューリヒ校の専門家、マティアス・フース博士によると、「2006年からこれまでに体積の80~90%を失い、残っているのはフットボール場にして約4面足らず、2万6000平方mの氷原だけ。同国の観測システムから外れる初の氷河となる見通しだ。スイス気候保護協会のコーディネーター、アレッサンドラ・デジャコミ氏は、「スイスのピツォル氷河は消えた。多少の雪は残るが、氷河はもうない。転がっている氷のかけらも次第に岩石の破片で覆われていく。スイスの氷河の8割がピツォル氷河と同じような状態で、このままではほかの氷河でも同じことが起きる」(資料17)と警告した。その警告通り、地球温暖化の影響で、アルプスやヒマラヤをはじめ世界各地の氷河は急速に縮小している。南米ベネズエラでは、「フンボルト氷河が消失し、ベネズエラは間違いなく現代で最初に氷河を失った国になった。次に氷河がなくなる国は、インドネシア、メキシコ、スロベニアだろう」(資料18)などと報告されている。
資料17
消えた氷河を悼む「葬儀」実施、数百人が参列 スイス
2019/09/23
https://www.cnn.co.jp/fringe/35142970.html
資料18
南米ベネズエラに残っていた最後の氷河が「消失」
2024/05/09
https://rief-jp.org/ct8/145234
世界の氷河の大規模な融解は、場所によっては深刻な海面上昇を引き起こす。気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)によると、「1901~2018年の間に世界の平均海面水位は0.2m上昇。海面上昇は、氷床の融解によって今後も続くとされているので、世界各地の沿岸都市に深刻な影響を及ぼす(資料19)ことでしょう。海面が上昇すれば、高潮・高波被害のリスクが増すだけでなく、沿岸部に住む人たちが居住地を失い、移住を強いられることにもなります。日本もひとごとではなく、環境省の気候変動影響評価報告書によると、現在より海面が0.8m上昇すると、日本沿岸のゼロm地帯の面積は1.6倍(資料20)になり、台風などで高潮などが発生した場合の被害拡大は必至だ。また冬季の気温上昇等により、「琵琶湖においては、冬季全循環が生じなくなる年が生じ、底層水が貧酸素化する年が増えることで底層利用魚の生息適水域の面積が減少する年が生じること」(資料20)も予測される。富栄養化する琵琶湖では「底層水の貧酸素化」が問題になっているが、北極低層水が溶存酸素を大西洋の深層に運ぶのと同様に、冷たいため密度が高く溶存酸素が豊富な雪解け水が琵琶湖岸から潜り込み、底層に酸素を供給する役割(資料21)をはたしているが、温暖化で降雪量が減少し、雪解け水が少なくなると、その役割は残念ながら期待できない(新情報4と5)。
資料19
世界各地で前例ない氷河融解 海面上昇がもたらす「破滅的事態」
2024/08/10
https://mainichi.jp/articles/20240809/k00/00m/040/011000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20240810
資料20
気候変動影響評価報告書
令和 2 年 12 月
https://www.env.go.jp/content/000120416.pdf
資料21
気候変動と琵琶湖の水資源.(1995) 水資源・環境研究, 水資源・環境学会, 8, 36-47.
米航空宇宙局(NASA)の科学者の予想では、「ツバルの平均標高は海抜わずか2m。この30年間で海面は15センチ上昇しており、これは世界平均の1.5倍に相当する。ツバルの全住民の60%が生活するフナフティ環礁の場所によっては20mの幅しかない細長い土地に、いくつかの村がしがみついているので、2050年にはこの環礁の半分が、毎日の満潮時に海面下に没する。その頃のツバルでは海面上昇が1m、最悪の場合はその2倍にも達し、フナフティ環礁の90%が海面下に沈む。海面上昇の問題は、ツバルという国家の存亡にかかわる脅威」(資料22)になっているとの深刻な状況が報告されている(新情報6)。そのため、ツバルをはじめ海面上昇問題をかかえる南太平洋諸国は地球温暖化防止を強く訴えている。
ツバルなどの海洋諸国が抱える海面上昇の課題とは逆に、水位低下の環境課題に見舞われているのがカスピ海だ。カスピ海は海岸線が約6400キロにおよび、地球最大の内海で、カザフスタン、イラン、アゼルバイジャン、ロシア、トルクメニスタンの5カ国にまたがっている。カスピ海はこの乾燥地域の気候を調整し、中央アジアに降雨と湿気をもたらす役割も担っているが、カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海はかつて世界最大規模の湖だったが、人間の活動と深刻化する気候危機によって壊滅し、ほぼ消滅したのと同様に、カスピ海のここ数十年は水量の減少が加速している問題を抱えている。資料23によると、各国が進める貯水池やダムの建設や地球温暖化などの人間活動が重要な影響を及ぼしているので、2100年までにカスピ海の水位は最大30mも低下する可能性があることを示唆する研究もあり、地球温暖化のより楽観的なシナリオでも、カスピ海の北部、主にカザフスタン周辺の浅瀬は完全に消滅するとの見方を示している。カスピ海固有の野生生物にとって状況はすでに悲惨で、世界のキャビアの90%を供給している絶滅危惧種の野生チョウザメをはじめ、カスピ海にのみ生息している絶滅危惧種カスピカイ・アザラシも危機にひんしており、カスピ海北東部では2009年に2万5000頭が確認されていたが、2020年の春には1頭も観察されていない。
僕は北極海の調査(資料24)を終えて、ヨーロッパから中近東地域を経て、ネパールの地質氷河調査隊に参加するため、1965年の夏にイランからアフガニスタンに向かっていた時、アフガニスタンの国境がコレラ蔓延のために閉鎖されていたので、豊かな湿地環境で有名だったカスピ海岸のラムサールに近い宿舎で1か月ほど滞在したことがある。ラムサールは「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(いわゆるラムサール条約)が1971年に制定された場所ですが、半世紀を過ぎた現在、はたしてラムサールの「豊かな湿地環境」がどのようになっているのか、気にかかる。
資料22
領土沈んでも国として存続を、水没危機のツバルが国際社会にアピール
2024/09/27
https://jp.reuters.com/world/environment/markets/global-markets/SJ73X5VZZFPP5I4U2JH5VYXPS4-2024-09-27/
資料23
世界最大の湖、カスピ海が急速に縮小 浅瀬は完全に消滅との予測も
2024/10/25
https://www.cnn.co.jp/fringe/35225351.html
資料24
サロンからヒマラヤへの想い
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/nepal2016/salon-to-himalaya/
新情報4
Glacier preservation doubled by limiting warming to 1.5°C versus 2.7°C
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adu4675
Harry Zekollari, Lilian Schuster, Fabien Maussion, Regine Hock, Ben Marzeion, David R. Rounce, Loris Compagno, Koji Fujita, Matthias Huss, Megan James, Philip D. A. Kraaijenbrink , William H. Lipscomb, Samar Minallah, Moritz Oberrauch, Lander Van Tricht, Nicolas Champollion, Tamsin Edwards, Daniel Farinotti, Walter Immerzeel, Gunter Leguy, and Akiko Sakai
Science 29 May 2025 Vol 388, Issue 6750 pp. 979-983
Editor’s summary
As climate warms, glaciers melt, causing sea level rise, exacerbating natural hazards, and affecting water supplies, biodiversity, and ecosystems. Zekollari et al. estimated how much glacial loss will occur with different amounts of warming and found that nearly twice as much glacial mass loss will occur if climate warms by 2.7°C compared with that which would accompany a warming of only 1.5°C above the preindustrial average global mean value (see the Perspective by Howe and Boyer). Without stringent mitigation policies, glaciers around the globe will be under serious threat. —Jesse Smith
Abstract
Glaciers adapt slowly to changing climatic conditions, with long-term implications for sea-level rise and water supply. Using eight glacier models, we simulated global glacier evolution over multicentennial timescales, allowing glaciers to equilibrate with climate under various constant global temperature scenarios. We estimate that glaciers globally will lose 39 (range, 15 to 55)% of their mass relative to 2020, corresponding to a global mean sea-level rise of 113 (range, 43 to 204) mm even if temperatures stabilized at present-day conditions. Under the +1.5°C Paris Agreement goal, more than twice as much global glacier mass remains at equilibration (53% versus 24%) compared with the warming level resulting from current policies (+2.7°C by 2100 above preindustrial). Our findings stress the need for stringent mitigation policies to ensure the long-term preservation of glaciers.
(グーグルBardによる訳)
編集者の要約
気候変動によって温暖化が進むと、氷河が融解し、海面上昇を引き起こします。これにより、自然災害が悪化し、水供給、生物多様性、生態系に影響が及びます。Zekollari et al. は、異なる温暖化の量でどの程度の氷河の損失が発生するかを推定し、気候が2.7°C上昇した場合、産業革命前の平均気温から1.5°C上昇した場合と比較して、氷河の質量損失がほぼ2倍になることを発見しました(HoweとBoyerによるPerspectiveを参照)。厳格な緩和策がなければ、世界中の氷河は深刻な脅威にさらされるでしょう。(Jesse Smith記)
要旨
氷河は気候条件の変化にゆっくりと適応するため、海面上昇と水供給に長期的な影響を及ぼします。私たちは8つの氷河モデルを用いて、数世紀にわたる世界の氷河の進化をシミュレートし、さまざまな一定の世界気温シナリオのもとで氷河が気候と平衡に達することを可能にしました。その結果、仮に現在の状況で気温が安定したとしても、世界の氷河は2020年と比較して質量を39%(範囲:15~55%)失い、これは世界の平均海面水位を113mm(範囲:43~204mm)上昇させると推定されます。
パリ協定の+1.5°C目標の下では、現在の政策による温暖化レベル(2100年までに産業革命前と比較して+2.7°C)と比較して、平衡時の世界の氷河質量が2倍以上(24%に対し53%)残ります。私たちの知見は、氷河の長期的な保全を確実にするために、厳格な緩和策が必要であることを強調しています。
新情報5
世界の氷河の39%、すでに消失の危機 新研究
2025/06/03
https://www.cnn.co.jp/fringe/35233753.html
(L) 氷河を訪問した観光客=2022年、ノルウェー・ヨステダール/Bram Janssen/AP
(R) ガンジス川の源流と考えられているガンゴトリ氷河を眺める旅行者=2022年10月/Xavier Galiana/AFP/Getty Images
(CNN) 世界の氷河は危機的状況にあり、たとえ地球の気温上昇が直ちに止まったとしても、総量の約40%がすでに消失の危機にあることが新たな研究でわかった。
研究者の推計によれば、氷河は最終的に2020年と比較して質量の30%が失われる。これは今後何が起ころうとも不可逆的な傾向であり、世界の海面上昇を113ミリ増加させる可能性が高いという。
サイエンス誌に掲載された論文によれば、地球の温暖化を1.5度未満に抑えることができない可能性が高い現在の気候政策が継続した場合、損失は76%に達する。
後者のシナリオは、灌漑(かんがい)や電力、飲料水を氷河が融解した水に依存している国々にとって悲惨な結果をもたらす可能性がある。国際雪氷圏気候イニシアチブ(ICCI)の氷河学者ジェームズ・カーカム氏は、氷河の39%が失われる世界と76%が失われる世界の違いについて、氷河の消失に適応できるかどうかだと述べた。
今回の研究は世界の氷河について暗い未来を示しているものの、論文の著者は「希望のメッセージを伝えようとしている」という。論文の主筆者のひとりであるインスブルック大学のリリアン・シュスター氏が明らかにした。
「この研究によって、地球温暖化が10分の1度低下するごとに氷河の氷を保護できることを示したい」(シュスター氏)
2015年にまとめられた気候変動対策の国際ルール「パリ協定」では約200カ国が地球温暖化の抑制に向けて協力することを約束。産業革命前からの気温上昇を2度未満、可能であれば1.5度未満に抑えるよう取り組みを進めている。
しかし、気温は上昇し続けており、現時点では2100年までに最大2.7度の気温上昇が予測されている。今回の研究の見通しによれば、1.5度から3度の間で、0.1度気温が上昇するごとに、地球上の氷河の質量がさらに2%失われるという。
ICCIのカーカム氏は、今回の「画期的」な研究は「この10年間で行われた氷河の予測研究の中で最も重要なものの一つだ」と述べた。カーカム氏は研究チームに参加していないが、国連の会合で論文を発表した。
カーカム氏によれば、今回の論文の発表まで、これまでの研究は2100年で予測を終えていた。これは政策立案者が気候危機の潜在的な影響力をはかる際にしばしば用いる年だ。しかし、気候変動の後、氷河が安定するまでには数年あるいは数世紀かかることもあり、気温上昇の本当の影響が何年にもわたって顕在化しない可能性がある。
この現象を調査するため今回の研究では既存の八つの氷河モデルを使用して数世紀にわたるシミュレーションを実行し、その期間にそれぞれの氷河がどのように発展するのかを予測した。
多くのモデルを利用したため、幅広い結果が得られた。例えば、現在の気温が続くと氷河の質量は最終的には39%減少するという結果は、15%から55%の範囲のデータセットにおける中央値だった。
新情報6
人口の3分の1以上が移住を申請した国 その理由とは
2025/06/27
https://www.cnn.co.jp/world/35234845.html
ラグーンで泳ぐ人々=2019年11月28日、ツバル・フナフティ/Mario Tama/Getty Images
シドニー(CNN) 南太平洋の島国ツバルで人口の3分の1以上に及ぶ国民がオーストラリアへの移住を申請した。オーストラリアはツバルの人々が海面上昇から逃れるための画期的なビザ制度を用意している。
小さな島々からなり、ハワイとオーストラリアのほぼ中間に位置するこの島国には、最新の政府統計によると、約1万人が暮らしている。
海抜6mを超える土地はなく、世界の中でも気候変動による海面上昇のリスクが特に高い地域だ。
オーストラリアは気候変動によって必要が生じたとされる独自のビザ制度を創設。16日から申請の受け付けを開始した。申請期間は約1カ月。この制度でオーストラリアは7月から2026年1月の間に、無作為の抽選で選ばれた280人のビザ取得者を受け入れる。ビザを取得したツバルの人々はオーストラリアに到着した時点で永住権を取得し、就労の権利や、公的医療・教育を受ける権利を得られる。
CNNが確認した公式統計によると、この制度には4000人以上が申請している。
ツバルのテオ首相によると、国土の半分以上は50年までに高潮によって定期的に浸水し、2100年までには国土の90%が定期的に水没するとみられる。
このビザ制度は、2023年にオーストラリアとツバルの間で締結されたより広範な協定の一部であり、オーストラリアは軍事面においても海面上昇においてもツバルを防衛する義務を負っている。
南太平洋で90万平方キロの権利を有するツバルは、地域での影響力をめぐり中国と対立するオーストラリアにとって、重要な役割を担う存在だ。
オーストラリアは、将来ツバルに誰も住めなくなったとしても、ツバルの国家承認を保証するとしている。
ツバルは22年にエジプトで開かれた国連気候変動会議(COP27)で、完全にオンライン化された世界初の国家を目指すと発表した。政府はその後、「国土をデジタル上で再構築し、豊かな歴史と文化を記録し、すべての政府機能をデジタル空間に移行する」計画を策定。オーストラリアは現在、ツバルの「デジタル主権」を承認している。ツバルはこのデジタル主権により「物理的な国土を失った後も、そのアイデンティティーを維持し、国家として機能し続ける」ことを望んでいる。
4-4) 気候革命(注4)
第4-1)章で紹介したグレタ・トゥーンベリさんが2018年にたった1人で始めた「気候のための学校ストライキ」の活動は、多くの若者たちに影響をあたえ、世界に広がっていった。2019年、ニューヨーク国連本部で開催された国連気候変動サミットでグレタ・トゥーンベリさんは地球温暖化に真剣に取り組んでいない各国のリーダーを前にして、「私たちはあなたたちを見ている。あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか!よくそんなことができますね!」(資料25)などと各国のリーダーを叱責する「怒りのスピーチ」を行い、大きな反響を呼んだことはご存知の方が多いと思います。
資料25
グレタ・トゥーンベリさん、国連で怒りのスピーチ
2019/09/24
https://www.huffingtonpost.jp/entry/greta-thunberg-un-speech_jp_5d8959e6e4b0938b5932fcb6
注4
気候革命
毎日新聞は「気候革命」(資料26)というタイトルで、世界各地で起きている気候変動の影響、それへの対策や副作用をつぶさに報告していく。新しい社会や産業、生活を構築するためにどうすればいいか、読者とともに考えたい。人類に残された時間は長くはない。
資料26
毎日新聞 2022/8/11
https://mainichi.jp/articles/20220810/k00/00m/030/016000c
国連環境計画(UNEP)によると、「国や企業に対して気候変動対策の強化を求める気候訴訟が注目を集め、2022年末までに世界で提起された気候訴訟は2180件もある。その多くはパリ協定(2015年)採択以降に提起され、国や企業の温室効果ガス(GHG)排出削減目標の強化や気候変動対策の実施を命じる判決」(資料27)に現れている。ヨーロッパ人権裁判所は2024年4月、「スイス政府の気候変動対策が不十分だとするスイス市民の訴えについて、私生活をめぐる権利が侵害されているとして認める判決を言い渡した。その上でスイス政府は、状況の改善のため具体的な対策を検討しなくてはならないとしている。政府の気候変動対策が人権に関わるとする判断をヨーロッパ人権裁判所が示したのは初めてで、原告側は画期的」(資料28)だ。さらに、前述のツバルは気候変動と国際法に関する小島嶼国委員会(COSIS)の共同議長国で、国際海洋法裁判所において、2024年5月、「各国は気候変動から海洋を保護する義務を負う」との勧告的意見(資料29)を勝ち取った。同裁判所が気候変動関連で判断を示したのはこれが最初である。
資料27
気候訴訟―司法を通じて気候変動問題を解決する
2024/08/06
https://kikonet.org/content/36073
資料28
欧州人権裁判所 “スイス政府の気候変動対策 不十分”初判断
2024/04/10
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240410/k10014417311000.html
資料29
領土沈んでも国として存続を、水没危機のツバルが国際社会にアピール
2024/09/27
https://jp.reuters.com/world/environment/markets/global-markets/SJ73X5VZZFPP5I4U2JH5VYXPS4-2024-09-27/
日本では、全国の10~20代の男女16人が2024年8月6日、気候変動の悪影響は若い世代の人権を侵害しているとして、二酸化炭素(CO2)排出量の多い火力発電事業者10社を相手取り、CO2排出を削減するよう求めて名古屋地裁に提訴した(資料30)。政府や企業に気候変動対策の強化を迫る訴訟が国際的に相次いでいるが、弁護団によると日本で全国規模の集団訴訟が起こされたのは初めてだ。原告は「名古屋市の中学3年の男子生徒や、東京都や奈良県などの大学生ら14~29歳の若者16人。一方、被告は東京電力と中部電力が折半出資する発電会社JERAや東北電力、関西電力、九州電力、神戸製鋼所など国内で火力発電事業を行う企業計10社。訴状では、19年度の被告10社のCO2排出量は、日本のエネルギー起源の排出量の約3割に当たると指摘。排出量の多い石炭火力発電を50年まで運用し続けようとしており、今後も地球温暖化に有害な影響をもたらしていくとして、平均気温上昇1.5度未満を目指すため、CO2排出量を19年度比で30年までに48%、35年までに65%削減」(資料30)することを求めている。はたして、日本の裁判所はどのような判決を出すか。ヨーロッパをはじめ世界的にくだされている気候変動対策の強化を迫る判決の影響が日本にもおよぶのかどうかを刮目している(新情報7)。
資料30
「気候変動、若者の人権を侵害」 CO2排出削減求め16人が提訴
2024/08/06
https://mainichi.jp/articles/20240806/k00/00m/040/331000c
新情報7
「本気の気候対策」を大人に働きかけたが…万策尽きた若者が望みをつなぐ「いばらの裁判」 未来を不幸にしたくない
2025/05/26
https://www.tokyo-np.co.jp/article/407202
なぜ今、裁判なのか。気候変動対策の強化を求める若者ら16人が名古屋地裁で起こした「若者気候訴訟」。その原告が4月、東京でのイベントで胸の内を語った。声を上げてもなかなか動かない問題で、そもそも裁判もいばらの道だ。海外では希望の芽が出始めているというが、果たして日本は。原告の心に苦悩と期待が交錯する背景事情を追った。
◆あれこれやったが「すごく無力感」
4月中旬、アウトドア用品メーカー「パタゴニア」が都内の店舗で開いたイベントに、若者気候訴訟の原告2人が登壇した。一人は早稲田大2年、二本木葦智(にほんぎよしとも)さん(19)だ。
(L) 若者気候訴訟に臨んだ思いを語る原告の二本木葦智さん=4月14日、東京都品川区のパタゴニア東京・ゲートシティ大崎で(福岡範行撮影) (R) イメージ写真
二本木さんは、参加した70人ほどの視線を浴びながらマイクを握り、メモを見ずに、自身のこれまでを振り返った。「デモもした」「官僚や政治家の皆さんと会ってきました」。悲観的な言葉が続いた。「あれをやってもダメ、これをやってもダメ」「すごく無力感を感じている」
資源エネルギー庁の担当者との面談が頭にあった。2022年7月から所属する若者グループ「Fridays For Future Tokyo」の活動で何度か意見を交わしたが、平行線だったという。
◆「今までの当たり前を続けたら…」
日本などが合意した国際目標は、産業革命前からの地球温暖化を1.5度に抑えること。だが既に、世界の気温は目標達成が危ぶまれるまでに上がっている。
二本木さんらは、日本政府の二酸化炭素(CO2)などの排出削減目標を大幅に上げ、温暖化を招く化石燃料に頼り続ける社会を変えてほしいと訴える。
エネ庁側は電力などのシステムを大きく変えることの悪影響を懸念し、政策転換に慎重だったという。
「今までの当たり前を続けたら気候変動が進む。誰かが不幸にならないようにしてほしいのに」と二本木さん。システム変革による犠牲を仕方ないと思っているわけじゃないのに、伝わらなかった。
◆「1.5度目標」達成を求め若者16人で提訴した
国会議員らとの対話もまた、手応えが乏しかった。そんな中で、「小さな声でも訴訟なら社会を動かせるのではないか」と2024年8月、全国の10〜20代の16人で若者気候訴訟を起こした。CO2排出の多い国内の主な火力発電事業者10社に対し、排出量を2035年度までに2019年度比で65%減らすように求めた。1.5度目標の達成に必要だと科学的に指摘された水準だ。
一方で、同年11月の政府の審議会で、注目の動きがあった。審議会委員で、再生可能エネルギーの普及に努める新電力「ハチドリ電力」代表の池田将太さん(26)が目標の引き上げを求める意見書提出を環境省職員に止められたとし、会議での発言時間の短さにも触れ「この進め方で正しい方向性の政策が作れるのか」と発言。浅尾慶一郎環境相は「(意見書と)議題が必ずしも合致していないので、延期をお願いした。妨げる意図ではなかった」と釈明した。
翌12月、審議会が3回立て続けにあり、委員間の意見交換が活発に。二本木さんらも緊急署名を出した。
いちるの望みかと思われたが、それでも今年2月に決まった政府の結論は「2035年度に2013年度比で60%減」。排出が多かった2013年度が基準で二本木さんらが求める数字には到底届かない。
「いろんな人が協力したのに、結局政策は動かなかった」
◆未来に影響がある話を50~70代で決めている
(L) 参加者たちが手を伸ばしていた冊子「気候アクションガイド」=東京都品川区のパタゴニア東京・ゲートシティ大崎で(福岡範行撮影) (R) 二本木葦智さん(中央)ら若者気候訴訟の原告と記念写真を撮るイベント参加者たち=東京都品川区のパタゴニア東京・ゲートシティ大崎で(福岡範行撮影)
猛暑や風水害は、気候変動が進むほど深刻化する。若い世代や経済的な弱者ほど被害を受けやすい。一方、未来を決める政策審議の場に若者は少ない。民間シンクタンク「Climate Integrate」によると、CO2などの排出削減目標に影響するエネルギー基本計画関連の審議は、50〜70代中心が続く。
毎年調査をしている広告大手博報堂が2024年10月に行った脱炭素についてのインターネット調査では、10代は「自分の行動が影響を与えると思わない」などの「諦めの気持ち」を抱く人が他世代より目立った。前出の二本木さんが「無力感」を抱くのも無理はない。
◆海外では気候対策の不十分さを指摘する判決が
一方で、世界の潮流はどうか。2019年12月、オランダの最高裁判決がその流れを変えた。環境NGOなどが自国政府に対策の目標値引き上げを求め、判決で「気候変動の影響は既に切迫した人権侵害であり、国には国民を保護する義務がある」と認められたのだ。
2021年にはドイツの憲法裁判所で、2024年には韓国の憲法裁判所で、政府の対策が不十分だとする判決が出た。どちらも若者たちによる訴訟だった。
国内外の気候訴訟に詳しい国立環境研究所の主幹研究員、久保田泉さんは「最も裁判に向かない問題という感覚だった」と振り返る。数十年、数百年の長期にわたる問題なうえ、誰が誰に損害を与えるのかという個別の因果関係を特定しづらく、裁判で「誰の責任だ」と言うのは難しかった。
ただ、この世界の潮流について、久保田さんは2015年に採択された温暖化対策の枠組み「パリ協定」に「1.5度目標」などが明記されたことで、対策の不十分さを法的に判断できるようになったと指摘。「人権侵害だと訴えたことも大きい。人の権利を守り回復するのが裁判の根本だ」とする。
◆「訴訟が公論をつくり、政策にも強力な効果」
韓国では裁判にとどまらず、公正取引委員会も動いた。韓国のNGO「Solutions for Our Climate(SFOC)」が、鉄鋼メーカーが根拠なく「環境にやさしい」と広告したと訴え、公取委は今年4月、メーカーに是正命令を出した。
SFOCの担当者は、政策立案者への働きかけだけでは対策が十分に進まないとし、訴訟などの手段に訴える意義を強調。「訴訟が有利な判決をもたらすとは限らないが、公論をつくり、政策に影響を与える効果は強力だ」と述べた。
◆日本では「門前払い」になる可能性も
とはいえ、この波が日本に届くかは見通せない。日本には憲法裁判所はないからだ。原告になれる人も、例えば「石炭火力発電所の周辺住民」などと狭く解釈される。久保田さんは「おかしいと思う人が多くても、狭い範囲の人しか訴えられないのは日本特有の難しさ」と語る。名古屋の若者訴訟では、訴えが訴訟の要件を満たしていないと判断され、「門前払い」になる可能性もある。
ただ、「間違っていることを『間違っている』と言うことは大切だ」。前出の池田さんは政府審議会で声を上げた経験も踏まえ、若者訴訟にそう理解を示す。
「一緒に解決に挑める人を増やせるか。共感を生む発信を丁寧にやっていかないといけない」とも述べた。池田さんは対策を生活に身近な形で広げるのにビジネスが有効だと考え、再生エネ由来の電気を使う暮らしの提案に注力する。
(L) イメージ写真 (R) 二本木葦智さん(中)ら若者気候訴訟の原告2人の横で応援を呼びかける小松吾郎さん(左)=東京都品川区のパタゴニア東京・ゲートシティ大崎で(福岡範行撮影)
◆共感の輪は広がっている
共感は冒頭のイベントでも広がった。二本木さんは「被害は、ほとんどの人が受けている。原告団だけじゃなく、皆さんと一緒に訴訟をしたい」と語った。イベント登壇者で、別の環境団体代表のスノーボーダー小松吾郎さん(48)は「本当に動かなきゃいけないのは大人。皆で応援しましょう」と声を張った。
閉会後、1人、2人と参加者が手を伸ばす冊子があった。「気候アクションガイド」。自宅の電気を変えることから裁判まで、個々人にできることが並んでいた。
◆デスクメモ
気候変動の影響を最も強く受ける世代の危機感は大きい。ただ、これは環境問題を省みてこなかった、むしろ大人の問題だ。例えば、今夏も多く発令されるだろう「熱中症特別警戒アラート」もそう。「熱い」のその先にもっと大きな危機がすでに表れている。待ったなしの問題だ。
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