2012年8月26日日曜日

マディ川氷河湖洪水

マディ川氷河湖洪水




調査7日目にマディ川上流域の(Gapche)地点にある岩屑に覆われた氷河に到達した。(Gapche)氷河末端の高度は、これまでネパール・ヒマラヤで知られている最低位置の約2500mである。Gapche)氷河の特徴は、上流部のいわゆる涵養域がなく、アンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールの峰々に囲まれた高度約7000mの氷河の崩壊したデブリが直接氷河の上部に堆積し、氷河を涵養していることである(下写真右)。地元の村民によれば、15年前には氷河湖はなく2003年と2005年および2009年に氷河湖の決壊洪水(GLOF)が発生した、と言っていることから考えると、2000年前後から(Gapche)氷河の末端部が融解し、氷河湖が形成されたこと、また高度7000m周辺の氷河の大崩壊が起これば、直接氷河湖に達し、大(津)波を発生させ、GLOFをひきおこす要因になるであろうことは容易に推察できる。
温暖化の進行とともに氷河や岩壁の崩壊が進む可能性は大いにあるので、マディ川のGLOFは多発するのではないか、と危惧される。この種のGLOF発生機構は、言ってみれば、いわば“水鉄砲”のようなもので、高度7000m周辺の氷河や岩壁の大崩壊によるエネルギーで、氷河湖水が鉄砲水のように押しだされて洪水を発生させるイメージといえよう。

Gapche)氷河・湖地域を離れた調査8日目に、アンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールの峰々に囲まれた高度約7000mの氷河が崩壊した雪崩を見ることができた。


67日付の金井氏からのメイルによると、マディ川GLOF堆積物の粒度組成は細粒 (0.2mm)4.7%、中粒 (2mm)16.8%、粗粒 (>2mm)78.6%なのに対し、セティ川洪水の当初の泥質堆積物の粒度組成は、それぞれ12.5%、87.5%、0%であるので、全体的にセティ川洪水堆積物はより細粒で、マディ川GLOF堆積物は相対的に粗粒堆積物であることを示す。ただ、pHはセティ川洪水堆積物が6.1、マディ川GLOF堆積物が6.7で弱酸性を示しているのはなぜなのか?今後の成分分析の結果が待たれます)。


高度7000m周辺の氷河の崩壊が(Gapche)氷河を涵養していることから、仮に大崩壊が起こるとすれば、直接氷河湖に達し、大[]波を発生させ、モレーンを破壊し、GLOFをひきおこす要因になるであろうことは容易に推察できる。クンブ地域のラグモチェ(ディグ)GLOFとも共通する要因がある、と解釈できる。温暖化の進行とともに氷河や岩壁の崩壊が進む可能性は大いにあるので、このようなGLOFは多発するのではないか、と危惧される。この種のGLOF発生機構は、言ってみれば、いわば“水鉄砲”のようなもので、高度7000m周辺の氷河や岩壁の大崩壊によるエネルギーで、氷河湖水が鉄砲水のように押しだされて洪水を発生させるイメージといえよう。



セティ川洪水



セティ川洪水




ネパール中央部にあるポカラ周辺のセティ川の洪水とマディ川の氷河湖決壊洪水の調査を2012513日~23日まで11日間行ったので、Field Surveyの結果をもとに、両現象の発生原因を報告する。



セティ川洪水の55日の発生当初は泥流状態で、その後10日間、従来のいわゆるグレーシャー・ミルクの流況を取り戻すことはなかったことが、この洪水の基本的な性格を物語っている。



セティ川沿いの村々は泥質の洪水流でうずめつくされ(下写真左)、13人が死亡、50人以上が行方不明と報告された。



セティ川最上流部の崩壊地形がつくるバッドランド地形



バッドランド地形の下部には水平からやや傾いた堆積層構造(粘土質の湖成堆積物)が読み取れる灰色の地層があり、その上部には黒褐色の地層(モレーン堆積物)を認めることができる。



泥質の物質を流出させた大規模な地滑り現象はまさにバッドランド上部の黒褐色の地層部分で起こっているので、このモレーン堆積物を押し出すとともに、融水や夕方から夜間の豪雨などによって、まずは上部の黒褐色泥質部分がより多く浸食されて流出してくれば、下流のポカラ周辺で観察された泥質の洪水流を説明できる、と考えている。当初の泥質流は約10日ほど経つと、粘土質の濃い水流へ変化したことから、洪水後期には先のバッドランド地形下部の広大な粘土質の湖成堆積物がより多く流出してきたため、と解釈できる。

2012年8月25日土曜日

セティ川洪水とマディ川氷河湖洪水



調査報告


セティ川洪水とマディ川氷河湖洪水


1)    はじめに

ポカラ周辺のセティ川の洪水とマディ川の氷河湖決壊洪水(GLOF)の調査を2012513日~23日まで行った(写真1)ので、その概要を報告する。
                           (写真1)調査ルート図(グーグルアース画像へのGPS軌跡)


2)調査計画


今回の現地調査は2003年と2005年に氷河湖決壊洪水(GLOF)が発生したと報告(資料1)されているアンナプルナⅡ峰南面のマディ川上流部を考えていたが、55日にポカラを流れるセティ川に洪水が押しよせてきた(写真2)ので、まずセティ川上流部の洪水調査するように変更した。この洪水の原因は雪崩(資料2)や堰き止め湖の崩壊(資料3)、さらにGLOF(資料4))などとも報告されているが、今回の洪水を特徴づける大量の泥水が長期間流出したことがいわゆる雪崩や堰き止め湖の崩壊、さらにGLOFの状況と異なるのではないかと考え、その原因調査が必要と考えた。また、マディ川のGLOF報告の場合は、日本で収集した情報では氷河湖が見つからなかったことに加えて、資料1の執筆者は現地調査をしていないようなので、はたしてGLOFなのか、を見極めたいと思って計画を立てた。
                         (写真2)ポカラのセティ川の洪水流(5月5日、ラム・ガートにて)


3) セティ川洪水

セティ川洪水の発生当初は泥流状態で、波状的(8回以上)に泥流(資料4)が発生したようです。その後も継続的に、少なくともセティ川現地調査の515日までは褐色の泥質の流れが続き、洪水発生後10日間たっても従来のいわゆるグレーシャー・ミルクの流況を取り戻すことはなかったことが、この洪水の基本的な性格を物語っているのではないか、と考えている。
                           (写真3)洪水被害にあったセティ川のSantal村(5月14日)
調査1日目と2日目の調査で、セティ川の左岸沿いに、Santal村周辺まで到達した(写真3と写真4)。温泉で有名なDhiprang村はじめ、セティ川沿いの村々は泥質の洪水流でうずめつくされ、外国人旅行者1人を含む13人が死亡、50(ロシア人3人含む)以上が行方不明と報告さている(資料5)。セティ川の現地調査は、地図上の最上流のJimerbari村が望まれるSantal村までで、そこより上流は谷が狭まり、さかのぼることはできなかったが、セティ川洪水の発生地点はさらにJimerbari村よりも上流部であることは少なくとも確認できた。到達地点のSantal村は、GPSによれば、北緯282341.25、東経835846.25、高度1501m。
                (写真4)Santal村民とともにセティ川最上流のJimerbari村方面を望む(5月14日)
もともとセティ川は、ポカラの谷をかつて埋め尽くした石灰質に富む膨大な堆積物を供給した流域で、地質状況を反映したマチャプチャリやアンナプルナⅢ・Ⅳの峰々に囲まれた上流域には石灰質堆積物が分布するとみられる崩壊地形が各種衛星画像や地図などにみられている。そこで、1)20111231日、2)2012420日と洪水直後の3)201256日のLandsat画像(写真5)を見ると、セティ川最上流部の積雪分布は、1)では少なく(写真51)、2)で拡大し(写真52)、3)では融雪が進んでいる(写真53)ことが分かる。上流域の融雪水に加えて、氷河からの溶け水および調査期間中の夕方から夜にかけて経験した雹をともなう豪雨が、石灰質堆積物を押し流したことが、泥流を長期間発生させた要因になったのではないか、と考えている。セティ川上流域特有の石灰質に富む地質・地形条件に、温暖化とも関係する可能性のある降雨・融雪現象が相まって、泥物質を流出し続ける洪水を長期間継続させることは今後とも留意する必要がある。
(写真5)セティ川上流部の衛星画像(Copyright USGS:写真中のSはセティ川、Mはマチャプチャリ、AⅢとAⅣはアンナプルナⅢ峰とⅣ峰) 
5-1(上) Landsat7 2011Dec31  path142  RAW40、 
5-2(中) Landsat7 2012Apr20  path142 RAW40、  
5-3(下)Landsat7 2012May06 path142 RAW40
今回のセティ川洪水の要因として、堰き止め湖の崩壊(資料3)が報告されているが、洪水前の堰き止め湖の写真などは公表されていないし、また洪水発生前の衛星画像でも確認できない(写真5-1、写真5-2)。こちらでは堰き止め湖が存在したことに疑問を持つ人が多いのが実態で、おそらく、堰き止め湖の崩壊説を流したと言われるネパール軍情報をICIMOD(資料3)が鵜呑みにした、のかもしれない。また、雪崩説も堰き止め湖の崩壊説同様に、長期間泥流状態を継続させる要因としては説得力に乏しいのではないか、と解釈している。
調査最終日の5月23日(洪水発生から18日目)にポカラに戻ると、セティ川は泥質の流況はみられなくなったとはいえ、一見どろんとしたクリーム・スープのような、粘土物質を多量に含む濃い灰色の流れに変わっていた。セティ川は、まだまだ、かつてのグレーシャー・ミルクといわれる清涼な流れには戻っていない。

)  マディ氷河湖洪水

 ランドサット画像(写真5)を見て、はじめて、マディ川上流域に氷河湖があることが分かったので、Sikles村から調査7日目に地図上のGapcheの地点にある岩屑に覆われた(D型)氷河・湖に到達した。氷河・湖を眺める右岸モレーン(湖面からの比高は約50m)の位置は、GPSによれば、北緯282649.09、東経840648.39、高度2557m。
この周辺の森林限界高度はマナスル峰南西のツラギ氷河湖地域と同様に約4000m付近なので、(Gapche)氷河末端と湖面は森林帯にあり、森林限界よりも1500mも下っている。クンブ地域の氷河・湖は森林限界以上に位置するが、マナスルのツラギ氷河湖末端はダケカンバの森林限界に接している。そこでまず(Gapche)氷河・湖を見た第1印象は、ネパールでも最低位置に存在する氷河・湖の部類ではないか、ということであった。
                (写真6)マディ川上流のGapche氷河涵養域(5月19日)
Gapche)氷河には上流部のいわゆる涵養域がなく、アンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールの峰々に囲まれた高度約7000mの氷河の崩壊が富士山ほどの比高のある大岸壁と峡谷を通じて、氷河の上部にデブリとして堆積し、氷河を涵養している(写真6と写真7)のである。
                     (写真7)Gapche氷河と湖(5月19日)
 Sikles村民によれば、15年前には氷河湖はなく、資料1と同様に、2003年と2005年に氷河湖の決壊洪水が発生した、と言っていることから考えると、2000年前後から(Gapche)氷河の末端部が融解し、氷河湖が形成された、と推定できる。しかも、資料1では報告されてはいないが、2009年にも、洪水が発生したことをSikles村民は述べている。これも、おそらく、GLOFであったろう。はたして、(Gapche)氷河湖(資料1ではKabache Lake と表記されている)のGLOFはどのようにして発生するのであろうか。
まず考えられることは、とにかく、高度7000m周辺の氷河の崩壊が(Gapche)氷河を涵養していることから、仮に大崩壊が起こるとすれば、直接氷河湖に達し、大[]波を発生させ、モレーンを破壊し、GLOFをひきおこす要因になるであろうことは容易に推察できる。クンブ地域のラグモチェ(ディグ)GLOFとも共通する要因がある、と解釈できる。温暖化の進行とともに氷河や岩壁の崩壊が進む可能性は大いにあるので、このようなGLOFは多発するのではないか、と危惧される。この種のGLOF発生機構は、言ってみれば、いわば“水鉄砲”のようなもので、高度7000m周辺の氷河や岩壁の大崩壊によるエネルギーで、氷河湖水が鉄砲水のように押しだされて洪水を発生させるイメージといえよう。(Gapche)氷河・湖地域を離れた調査8日目に、アンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールの峰々に囲まれた高度約7000mの氷河が崩壊した雪崩を見ることができた(写真8;写真上部左のピークがアンナプルナⅡ峰)。なお、写真8では雪崩の雪煙が淡く、やや見分けることが難しいかもしれないので、この地域で撮られた雪崩のビデオ(資料6)を見ることをお勧めする。
              (写真8)アンナプルナⅡ峰の氷河からの雪崩の雪煙(5月20日)
最後に余談になるかもしれないが、さらにマディ川下流の川沿いにあるLamakhet村民は毎年のように洪水がおこる、とこぼしていた。最上流からのGLOFに加えて、マディ川中流右岸のTaprang村周辺の崩壊土砂がマディ川の本流を堰き止めるため、堰き止め湖が形成・崩壊し、2006年や2007年、2011年にも、現河床の茶店が洪水被害にあったそうだが、これらは上流の氷河(湖)現象とは異なるので、別の機会にまわしたい。

5) 写真

   調査ルート図(グーグルアース画像へのGPS軌跡)
2 ポカラのセティ川の洪水流(55日、ラム・ガートにて)
3 洪水被害にあったセティ川のSantal村(514日)
4  Santal村民とともにセティ川最上流のJimerbari村方面を望む(514)
5 セティ川上流部の衛星画像(Copyright USGS:写真中のSはセティ川、Mはマチャプチャリ、AⅢとAⅣはアンナプルナⅢ峰とⅣ峰) 5-1 Landsat7 2011Dec31  path142  RAW40、 5-2 Landsat7 2012Apr20  path142 RAW40  5-3 Landsat7 2012May06 path142 RAW40
6 マディ川上流のGapche氷河涵養域(519)
7 Gapche氷河と湖(519)
8 アンナプルナⅡ峰の氷河からの雪崩の雪煙(520)

6) 資料
  Glacial study in Madi watershed with special reference to GLOF of 2003
Manoj Kr. Ghimire, Shreekamal Dwivedi, and Subhrant K. C., p48
Nepal Geological Society, ABSTRACTS,
Fifth Asian Regional Conference on Engineering Geology for Major Infrastructure Development and Natural Hazards Mitigation, 28–30 September 2005, Kathmandu, Nepal
2 Seti Floods: 13 bodies found‚ 3 foreigners among dead
http://www.thehimalayantimes.com/fullNews.php?headline=Seti+Floods%3A+13+bodies+found+3+foreigners+among+dead&NewsID=330794
3 Flash flood in Nepal causes loss of life and property
http://www.icimod.org/?q=7122
4 A Glacier Lake Outburst Flood (GLOF) in Pokhara, Nepal (Full HD Video)
http://www.youtube.com/watch?v=8ScHkS_cqk4
5 13 dead, over 36 missing in Seti flashflood   
   http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=34672
6 Avalanche Annapurna II Valley, Sikilis Nepal
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=uWiphYXC07Q

7) 謝辞

今回の調査報告にあたり、矢吹裕伯氏からは写真5を提供していただきました。また、小森次郎氏と加納隆氏からも貴重な画像を送っていただくと共に、さらにメイルでは、たくさん方々からご意見をお寄せくださり、大いに感謝する次第です。

8)    追記
1) マチャプチャリBC
 当初のセティ川洪水のニュースでは、発生地点がマチャプチャリBC付近だとの住民情報があり、いくつかあるBCに加えて、新たなマチャプチャリBCがセティ川上流にもできたのかも、と思っていましたが、今回到達したセティ川最上流地域にはマチャプチャリBCはありませんでしたので、その点、今回のメイル第1報を訂正します。
2)    5月の夕立とヒル
調査期間中の夕方から夜にかけての雹をともなう夕立のことはすでに述べましたが、そのため午前中までは地面が濡れているので、ヒルには悩まさ、今も足にヒルにやられたかゆみが残っています。プレの5月中旬にヒルにやられるなんて、初めての経験です。とにかく、雹をともなう夕立による豪雨が印象的で、古希を過ぎた体にはかなりの試練でしたが、そのかいあって、ボタンの穴が2つ縮まった調査行でした。それにしても、5月の激しい夕立などの気象現象も温暖化の仕業とすれば、当然、氷河環境にも大きな影響をおよぼすことでしょう。
3)    今後について
これからの予定はポカラにあと2週間ほどいて、国際山岳博物館の展示更新やポカラの観測基地(宿舎)の引っ越しをおこない、6月中旬はカトマンズで残務整理を済ませ、6月下旬にはマレーシアのマラッカとコタ・キナバルで静養して、帰国します。帰国後は、セティ川洪水やマディ川GLOFの堆積物分析なども手がけてみたい。
4) 最後に
今回の調査報告は概要程度で、不十分なものですが、いずれ時間をかけてまとめてみたいと考えています。そこで、みなさまからのご意見・ご指摘をぜひ参考にさせていただきたいと思っていますので、何卒よろしくお願いいたします。それでは、皆さま、ナマステ!