AACH備忘録(12)
海幸山幸の大森さんを偲ぶ
1)はじめに
ヒマラヤやニュージーランドなどの氷河地域を闊歩している状況をメイルでしばしば寄せてくれていましたので、「サクラエビ研究の第一人者である大森信会員が、6月4日、脳梗塞のため逝去されました」との浜名純さんからの訃報メイルには大いに驚かされました。84歳だったそうですが、年齢以上の壮健ぶりでしたので、最近亡くなられた木崎さんたち(資料1)のように傘寿を優に超える「幸齢者」(資料2)になるのではないか、と思っていました。また、「サクラエビ研究の第一人者である」ことはその分野に暗いため知りませんでしたが、サンゴの調査・研究を精力的に行っている沖縄の阿嘉島臨海研究所長だった大森さんを2回訪ね、大変お世話になった僕にとってはサンゴ環境保全の研究者の思いが強いのですが、山と海の両界を股にかけ、グローバルに活躍していた大森さんには原真さんと木崎甲子郎さんの影響がそれとなくあったような気がしています。その点もふくめながら、大森さんと交わしたメイルを思い返して、海幸山幸の大森さんを偲びたい。
資料1
AACH備忘録(11)
ヒマラヤの木崎さんのことなどー思いつくままにー
https://hyougaosasoi.blogspot.com/2022/04/blog-post.html
資料2
80歳の壁
和田秀樹(2022)幻冬舎, p226.
2)ニュージーランドの山歩き
大森さんは、2018年2月にニュージーランドのサザンアルプスのミルフォード・トラックの山旅をしています。下記のメイル(資料3)では「もう先も長くないでしょうから、ひとりで歩けるうちに行ってくるつもり」と述べているのですが、「もう先も長くない」ことをはたして自覚していたとは、到底思えない活躍ぶりでした。
資料3
伏見さん
2018/01/13
年末の忘年会ではお会いできず、残念でした。2017年ネパール通信25 余話12(資料4)を拝見しました。よく詳細に観察しておられるのに感心しています。ムスタンの環境移民の話は知りませんでした。地震移民は知っていましたが、環境移民は7月に向こうに行った時も聞きませんでした。私たちのグループの大谷映芳氏にもこの話を伝えます。
私は2月5日から19日までニュージランドで山歩きを予定しています。世界一美しいと評判のミルフォード・トラックの入場許可証が奇跡的に取れたのです。ミルフォード・トラックはガイド付き4泊の山歩きですが、入場制限が厳しく自由に入れないサザンアルプスの山と森です。長くクライストチャーチに住む河内洋佑さんも、高いし入場許可証がほとんどとれないので、まだ行ったことがないと言っています。高いと言えば、4泊5日(ガイド付き)で約20万円で、あなたのランタン谷の旅なら100日歩けることになりますが、もう先も長くないでしょうから、ひとりで歩けるうちに行ってくるつもりです。
お元気で。
大森 信
資料3で指摘している「あなたのランタン谷の旅なら100日歩けることになります」とは、資料4の通り、2017年のランタンの地震被害調査ではガイドなしで「10日間の総費用を2万円以内」のライト・エクスペディションを旨としていたからですが、ニュージーランドの「入場制限が厳しく自由に入れないサザンアルプスの山と森」を楽しまれたことは羨ましい限りです。
資料4
2017年ネパール通信25 余話12
ネパールの物価上昇に関するライト・エクスペディションのための考察
https://hyougaosasoi.blogspot.com/2018/01/201725-12.html
3)ヒマラヤのトレッキング
資料5は、2014年5月にナムチェでの故原真さんの散骨セレモニーの後、レンジョー峠を越えるトレッキングに行く時のメイルです。大森さんは阿嘉島臨海研究所長を退職され、「これから自由生活になります」と述べた後、「阿嘉島臨海研究所からサンゴの研究者が何人も育って活躍していることと阿嘉島が私たちの調査資料を基に3月5日に国立公園になったこと、それに島の人たちがサンゴ礁の価値を知って大事にしはじめたことが貢献かと思っています」(資料5)との大森さんの阿嘉島でのサンゴ環境保全の努力が実っていること、および「木崎先生ご夫妻をたずねました。おふたりともとてもお元気そうでした」との木崎さんの近況をも伝えてくれました。また、2021年7月11日のメイルでは、「木崎先生はご健在と思いますが、昨年も那覇で奥様と電話で話した際、認知症が進行しているので、もう会わないでほしいと言われました。ご自宅で先生に直接お目にかかったのはもう3年前になります。歩行は少し困難でしたが、まあ普通の会話を楽しみました。」と伝えてくれていました。
P1)阿嘉島臨海研究所の大森さん P2)島民と談笑する大森さん
資料5
2014/03/19
伏見様
先日原宅でネパール行きの打ち合わせをしました。4月末にカトマンズ入りで、5月4日に原君の散骨をして、5月11日Renjo Passを抜ける予定です。ネパールに行ったら連絡してみます。お元気で調査を続けて下さい。
これから自由生活になりますが、阿嘉島臨海研究所からサンゴの研究者が何人も育って活躍していることと阿嘉島が私たちの調査資料を基に3月5日に国立公園になったこと、それに島の人たちがサンゴ礁の価値を知って大事にしはじめたことが貢献かと思っています。先日、首里に木崎先生ご夫妻をたずねました。おふたりともとてもお元気そうでした。大森 信
資料6の調査報告を見た大森さんのトレッキング計画に「GokyoからRenjo Passを越えてThame」へのコースを勧めましたら、さすがに元気な大森さんはその山旅をのんびりと楽しんでこられ、カマンズの大気汚染には苦しめられたようですが、帰途のバンコックの大学で講義をされた(資料7)とは、さすがです。
資料6
2013年11月17日
2013年秋ネパール調査
東ネパール・クンブ地域の調査
https://hyougaosasoi.blogspot.com/2013/11/blog-post.html
資料7
2014/05/25
伏見さん
まだネパールですか? ポカラで名越さん達にお会いになったようですが、私はナムチェでの原真の散骨セレモニーに参加した後、あなたの助言に従って、GokyoからRenjo
Passを越えてThameに出て、のんびりトレッキングを楽しんできました。名越さんは残念ながら高山病にやられてしまい、ナムチェの先で登行をあきらめました。カトマンズはさすがアジア最貧国で、空気がひどく、喉をやられました。もうこの国はほかのアジアの国々に追いつけませんね。帰りにはバンコクに立ち寄り、チュラロンコン大学で講義をしてきました。ちょうど戒厳令が出た日でどうなることかと思いましたが、街は平穏で、兵隊の姿も見ませんでした。お元気で。 大森 信2013年11月17日
そして、資料8を読まれた大森さんは「山岳部の初年から死ぬまで一番長く付き合って、おそらく一番多く一緒に山に行ったひとりである私は、山で原君と「山に登ることの意味」を何度も語り合ったものです。いなくなってからもう20年以上になりますが、山を歩くたびに、彼がいたらと思うことがたびたびあります。」(資料9)と述懐しています。そして、大森さんの新刊本「エビとカニの博物誌:世界の切手になった甲殻類」を紹介してくれました。
資料8
「ぶらっとヒマラヤ」の書評にかえて
AACH備忘録(7)伊藤秀五郎さんの視点で(1)
藤原章生さんの「ダウラギリ行」の動機と原眞さんの登山論
https://hyougaosasoi.blogspot.com/2021/03/blog-post_16.html
資料9
2021/07/10
伏見様
お元気ですか? もうだいぶ前ですが(3月)、“藤原章生さんの「ぶらっとヒマラヤ」の書評に変えて”を興味深く拝見しました。原真君のことがいろいろ出てくるので、彼の生前を偲ぶことができました。山岳部の初年から死ぬまで一番長く付き合って、おそらく一番多く一緒に山に行ったひとりである私は、山で原君と「山に登ることの意味」を何度も語り合ったものです。いなくなってからもう20年以上になりますが、山を歩くたびに、彼がいたらと思うことがたびたびあります。
書棚を整理していたら、原君の書いたものが出てきましたので、添付します。
山とは関係ありませんが、今月、コロナ自粛の間に書いた私の本「エビとカニの博物誌:世界の切手になった甲殻類」が刊行されましたのでご案内します。「天声人語」の主筆だった栗田亘氏からは「一度読み二度開いた項目に何度でも戻ることにもなる。そんな予感がいたします。ともかく面白い。エビとカニと切手を介した歴史・地理図鑑であり人間図鑑であると言うべきか。折に触れ読み耽ることになるでしょう。」との過分のお褒めをいただきました。
お元気で。
大森 信
4)むすび
2019年1月5日には、「健康で楽しい一年でありますように。私は坂本浩輔さんと安比高原スキー場で新年を迎えました。3日間滑りまくりました。」と元気そのもののメイルを寄せてくれていましたし、前述のように、海外ではヒマラヤのレンジョー峠やニュージーランドのミルフォード・トラックなどの氷河地域を闊歩していた大森さんが亡くなられたことはいまだに信じがたい思いがします。
「原君と山に登ることの意味を何度も語り合ったものです。いなくなってからもう20年以上になりますが、山を歩くたびに、彼がいたらと思うことがたびたびあります」と大森さんが述懐する原眞さんは、AACH関西の支部長をされていた時、奥さんともども琵琶湖岸の焚火が好きだったとみえて、資料7に出てくる名越さんも同乗してキャンピングカーで来てくださいました。また、大森さんが所長を務めていた沖縄の阿嘉島臨海研究所へ通う都度、那覇の木崎さんにお目にかかり、近況を教えてくれたことに大いに感謝します。山と海の両界を股にかけ、グローバルに活躍していた大森さんには原真さんと木崎甲子郎さんの影響もあったようです。
5)章の付録「阿嘉島報告(1)と(2)」で述べているように、漂着ごみなどの環境問題に関しても、大森さん達が主張されている予防原則が重要になることに加えて、「Think globally, act locally.」とは1980年代から世界の政治家をも巻きこむ地球環境問題の議論の中で良く言われている標語ですが、逆の発想が重要だと考えています。つまり「Act locally, think globally.」です。分解性プラスティックなどを環境中に排出しないために「Act locally」の視点から地元での土壌分解・浄化も行い、畑の植物などに還元することが必要になるでしょう。しかし、財政状況の厳しい座間味村の村長さんが「素晴らしい自然環境の村を、国民の癒しの場として維持するには、どうしてもお金がかかる」と言われる現実のなかで、「阿嘉島臨海研究所からサンゴの研究者が何人も育って活躍していることと阿嘉島が私たちの調査資料を基に国立公園になったこと、それに島の人たちがサンゴ礁の価値を知って大事にしはじめたことが貢献かと思っています」と述べておられる大森さん達の阿嘉島でのサンゴ環境の保全に関する長年の成果がさらに発展し、阿嘉島報告(1)の写真6でふれているように、座間味村指定文化財として住民によって守られているアカテツのように、生物多様性に富む沖縄の生態系が将来もたくましく生き、持続性を発揮していくことを願わずにはいられません。
5)付録
2006年7月と2007年4月の2回にわたり 阿嘉島臨海研究所を訪問し、大森所長をはじめとする阿嘉島臨海研究所と阿嘉島の関係者には大いにお世話になりました。それぞれの訪問時に書き留めた印象記;地学的特徴などの阿嘉島報告(1)と環境問題などに関する阿嘉島報告(2)を添付します。
阿嘉島報告(1)
まずはじめに、阿嘉島のさんご礁を代表とする貴重な自然を満喫することができましたことは、大森所長をはじめとする阿嘉島臨海研究所のみなさまのお陰と大いに感謝します。つきましてはここに、滞在中の見聞録風にはなりますが、2006年7月23日~26日のあいだ貴研究所に宿泊させていただきながら、阿嘉島で見聞きしたことや考えたことの一端を報告させていただきます。下記見聞録のなかには、単なる思いつきや見当はずれなこともあろうかと思いますが、ご容赦ください。
1)温暖化の影響
大森所長のお話ですと、海水温が30度以上になるとさんごが死滅する白化現象が進行するとのことで、温暖化によって白化現象が地球上のさんご礁地帯に蔓延していることが大いに危惧されます。温暖化による台風の巨大化(や発生数増大)が風力を増加させ、海水を攪拌するため、低温の深層水が湧昇流となって、一時的に表層水温の低温化に寄与するとのことですが、その際は波浪が巨大化し、海岸地域のさんご礁やマングローブ林などを破壊するとともに、すでに今年の台風群による塩害でモクマオウなどを枯死させている(写真1)問題点をも同時に引き起こしていることが心配されます。ただ、台風の進路の影響による風向によって、1)風下側で離岸流が発生すれば水温低下を引き起こす深層からの湧昇流が形成されますが、逆に2)風上側では高温の表層海水が沿岸部に集積し、昇温化をまねきかねないケースもでてくるのではないかとも考えられます。今回の滞在中には台風5号の影響で風上側になっていた阿嘉島南東部では南東からの強風と波浪が吹きよせていましたので、2)の可能性があります。ただし同時に、阿嘉島の北西部は風下にあたっていたので、波浪が比較的少ない阿嘉島の南の慶留間島北側地域と同様に1)の可能性も考えられます。したがって、いわゆる島地形の場合は強風時の風上側と風下側では異なる海水温環境が形成されることによって生物の多様性を温存する「島効果」がでてくるのかもしれません。つまり風向によって、風上側になる島のこちら側では高温化し白化現象が発生しても、風下側のあちら側では同時に湧昇流による低温化が起こり白化現象の進行を抑えることも考えられます。いずれにしましても、吹き寄せる風の影響は甚大で、すでに従来の台風などの強風時の影響で大岳(160.7m)近くの道路沿いのガードレールが塩害による著しい腐食によって被害をうけている(写真2)のをみても、また陸上生態系の白化現象にもたとえることのできる前述のモクマオウの枯死が象徴的に示すように、阿嘉島の塩害問題は陸上生態系に大きな影響を与えているのが実感できます。温暖化によって、海面下のみならず陸上部にまでいわゆる白化現象が蔓延するのはなんとしてもくいとめねばならない課題です。ツバルなどの南太平洋のさんご礁の国々が温暖化対策会議で問題にする地下水へ海水が進入する海水楔現象も目に見えないところで進行する塩害といえるでしょう。そこで、1997年の京都議定書の遵守項目でさえ地球温暖化対策として不十分と考えられようになっているところですから、ヨーロッパのドイツなどが熱心な「ポスト京都」の対応が重要で緊急な環境問題(problemでなくissue)になるのは、大森所長が言われる予防原則(大森・ソーンミラー,2006)からみても明らかです。
写真1(左)阿嘉島北東部のニシハマ周辺の塩害の影響をうけたマクマオウ林
写真2(右)阿嘉島中央部の大岳(160.7m)周辺で見られた塩害で腐食したガードレール
2)地球史からの視点
とくにこの四半世紀の温暖化はこれまでにみられない急激な変化で、さんご礁の生態系がその変化に追随できるかどうか危惧されるところですが、地球史との類似点を考察すると、1)5~6千年前の気候最適期(Climatic Optimum)や2)後氷期初めの新ドリアス期(Younger Dryas;約1万2千年前)終了時の昇温期の生態系動態史との比較が示唆に富む情報を提供する可能性があると思います。とくに2)は従来にみられないような急激な気候変化だったと言われていますので、現在急速に進む地球温暖化の将来の影響を考えるうえで興味ある(化石的)情報が見つかるのではないかと解釈できます。はたして、それらの昇温・温暖期にも、「海の森」としての水族生態系の多様性劣化やさんごの白化現象などが広域的に顕在化していたのでしょうか。さんご礁が小さな島々に分散し、上記のようなそれぞれの「島効果」で生き残ることができたとすれば、そのことが環境変化に追随して容易に動くことのできないさんご礁がとってきた古生代(単体さんごの成長線測定結果から1年が410日ほどもあったオルドビス紀)以降数億年にわたった地球史的な戦略なのかもしれません。地球大紀行”太陽系第3惑星・46億年目の危機”と題した地球環境問題を訴えるNHKの番組がありましたが、いずれにしましても、大きく変動する地球環境のもとでの化石現象をふくめたさんご礁研究の今後の展開に興味を覚えます。
3)地形的視点
次に阿嘉島の地形的特長にもふれておきます。基盤岩は沖縄本島北部の地質とも関連する第三紀鮮新世の白雲母片岩で、急峻なリアス式海岸や裾礁の地形的特長から慶良間列島の沈降性島弧の一部を形成していると報告されています(木崎,1992)が、それらにくわえて、いたるところに平坦な地形面が分布しているのも阿嘉島の特徴的な地形だと思います。例えば、那覇空港から阿嘉島のある慶良間列島方面を見ていても、広大な平坦面の地形が連続して分布している(写真3)のを見てもそのことがうかがえます。これらの平坦面が、はたして1)陸上で形成されたのか、それとも2)海岸や浅い海底でできたのかは阿嘉島の環境史をみていくうえで重要なテーマになると思います。阿嘉島西部の高良家のある集落付近の道路の法面では平坦な地形面(写真4)が河川作用のテラス堆積物で、また阿嘉島中央部の大岳(160.7m)周辺の平坦面が深層風化作用による赤土(写真5)で覆われているのは1)の古環境を示しますが、もし平坦面に化石さんご礁が分布している場所が見つかれば2)の古環境を示すことになります。そうなると、かつて海面下に沈降していた阿嘉島がいったんは上昇した後、現在はふたたび沈降期を迎えていることになりますが、そのプロセスによって、たとえば蛇の生息しない阿嘉島の自然環境の特徴などを説明できる可能性もでてくることでしょう。
写真3(左)那覇空港からみる慶良間列島の平坦面地形
写真4(右)阿嘉島西部の高良家のある集落付近の道路沿いの平坦な地形面
4)変動現象への対応
沖縄に来て本州などとの異質性を感じることの1つは、インド・ネパールなどの家のつくりと共通することですが、屋上にしつえられた水タンクです。渇水対策もまた沖縄の重要課題であることを示しています。たしかに、温暖化による台風発達などによる降水量増大は、水資源の量的な面ではプラスですが、台風の巨大化はともすると降雨強度増大を伴いますので、浸食作用増大による赤土問題の深刻化(渡辺,2006)をひきおこしかねません。ひいては、さんご礁などの沿岸生態系にマイナスの影響を与えることは必定でしょう。したがって、対症療法にはなりますが、表土が流亡しにくいような土地利用の適正化で備えておくことが必要ですが、基本的な対策は上記の温暖化対策の予防原則であることはいうまでもありません。異常気象という表現がしばしば使われていますが、現在は自然現象が大きく変動する時代です。こういう時こそ、私たちは、多発する渇水現象や予測されている地球温暖化などの気候変動、および水利用動向に対応していくなかで、貴重な水資源の有効利用をはかっていく必要があります。このことは、琵琶湖環境とも共通する課題です。
写真5(左)阿嘉島中央部の大岳(160.7m)周辺に分布する赤土
写真6(右)阿嘉島臨海研究所近くの座間味村指定文化財のアカテツの木
5)結びにかへて
最後に、海洋性気候の快適な阿嘉島から湿気の多い不快指数の高い琵琶湖に戻って2週間を過ぎましたが、阿嘉島臨海研究所近くのアカテツ(写真6)とイヌビワの小枝を持ち帰り花瓶にさしておいたところ、イヌビワは数日で枯れてしまいましたが、アカテツのほうは1ヶ月近くたっても依然として花瓶の中で元気さを維持しているのをみて大いに驚かされていることをお伝えしたいと思います。アカテツもイヌビワ同様、阿嘉島から琵琶湖への大きな環境変化を経験しているにもかかわらず、御殿(ウルン)の木とも呼ばれるこのアカテツは、あたかも、阿嘉島生態系の力強さを示しているかのようです。拝所のあるところに住民が育ててきたといわれるアカテツの名前の由来は赤みをおびた材が鉄のように硬いからだそうですが、防潮風林としても重要なアカテツには土着的な赤の情熱と鉄の重々しさからくるある種の力強さを感じざるをえません。そこで、地球温暖化などによる急激な環境変化の最中にあっても、阿嘉島臨海研究所のみなさまの日々のフィールドワークと先端的な実験的成果によって、座間味村指定文化財として住民によって守られているアカテツのように、生物多様性に富む沖縄のさんご礁を代表とする生態系が将来もたくましく生き、持続性を発揮していくことを、同様な“Ecological issue”をもつ琵琶湖からも願わずにはいられません。
PS1
7月27日の那覇出発前に少し時間がありましたので、辺野古へ行ってきました。米軍基地移設反対闘争で長年にわたり頑張っている金城祐治さんやテント村の篠原孝子さんたちと琵琶湖との連携の話しをすることができたのも、今回の収穫になりました。
PS2
快晴無風の今朝(8月15日)は彦根の大学近くのヒロハノエビモの茂る鏡の面のような琵琶湖で水浴を済ませ、爽快な気分にひたりながら8月22日~25日の北アルプス立山学生実習の準備に取り掛かっていたところ、小泉(前)首相の靖国参拝のニュースでせっかくの爽快な気分が今朝の東京の空のような黒雲に覆われてしまいました。日本を取り巻くアジアの地政学的環境も変動し続けるのでしょうが、定年を迎える来春(2007年4月)からは変動するアジアの Geo-political issue のなかで環境教育的な試みをしたいと思っているところです。
引用文献
大森信・ボイス=ソーンミラー 2006.海の生物多様性.築地書館,東京,230pp.
木崎甲子郎 1992.慶良間諸島の生い立ち.みどりいし,3,1-2.
渡辺康志 2006.近海離島の地形・地質と赤土流失.過疎化・超高齢化に直面する沖縄「近海離島」における持続的発展モデルの構築-戦後沖縄の離島社会における社会変動に関する環境史的研究-.平成15年度~17年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書,20-26.
阿嘉島報告(2)
阿嘉島臨海研究所に宿泊させていただいた2007年4月3日から6日に、阿嘉島で実地調査したことや見聞きしたことを報告します。
1)漂着ごみ
5月1日の“みのもんた”さんの“朝ズバッ!”で慶良間列島の漂着ごみ問題が放映されていました。ごみには中国産のものが多く、ついで日本と韓国のものが漂着しているそうです。地球温暖化や酸性化などと同様に、漂着ごみの現象も少なくとも東アジアにかかわる広域的な地球環境問題化しているのを実感しました。中には血のついた注射針もあるとのことで、大変危険です。今回の滞在中には岩尾さんに案内していただいた阿嘉島のクシバル浜などの漂着ごみも放映されていましたので、まさに“みのもんた“さんが「ほっとけない」と言う指摘に同感しました。
写真 阿嘉島の漂着ゴミ
漂着ごみの卓越するところは、前回の阿嘉島臨海研究所滞在見聞録(伏見,2007)に書いたさんご礁周辺の「接岸流と離岸流」現象からみると、接岸流の影響が大きい地域になるのではないでしょうか。岸に押しよせる接岸流にのって、目に見える漂着ごみとともに海水に溶け込んだ目に見えない汚染物質も運ばれてきますし、また高温の表層海水が沿岸部に集積し、昇温化をまねくことはさんごの保全にとっては水質・水温環境の悪化をひきおこす“ほっとけない”テーマになると思います。貴研究所のさんごの移植・増殖実験が行われているマジャノハマ周辺は漂着ごみが比較的少ないのを見ると、接岸流よりも離岸流の影響が大きいと考えられ、したがって水温の高い表層水が沖に向かう際に冷たい下層水の湧昇流による低温化の影響で白化現象が抑えられ、水温環境からみてさんごの成育にプラスに作用している可能性もあるのではないかと想像しています。阿嘉島のさんご礁の大部分が昇温化による白化現象(やオニヒオトデの影響)などにより死滅していることを考えますと、単に外国産のごみだけでなく、日本産のごみもかなり多いことにも留意した対策が必要になります。
私が退職した滋賀県立大学では「琵琶湖のごみ」を卒業論文のテーマにする学生がかなりいます。琵琶湖の卓越風は西風ですので、漂流するごみは琵琶湖の東岸にある彦根市の県立大学近くの湖岸に集積します。卒論結果を見ますと、大学周辺の約1キロの湖岸で集めた約4.5万個のゴミのうち3万個をプラスティックごみが占めていました。プラスティックごみは水に浮きやすいので、ヨットのように風に流されて漂着するのでしょう。そこで、最近話題になっている分解性プラスティックが新たな課題になっています。漂着してきたたくさんのプラスティックごみが分解するようになると、その成分が水に溶けだすため水質環境の悪化をひきおこすのです。分解性プラスティックは技術的成果の1つでしょうが、分解性プラスティックが環境中に排出されると、新たな環境悪化が発生しますので、日本およびアジア各国にまたがる発生・排出源対策が重要になることは大森所長が言われる予防原則(大森・ソーンミラー,2006)からみても明らかです。
ただ、観光が重要な産業である座間味村にとっては予防原則の効果を待ってもいられないので、新聞でも報道されたように「入島税100円で環境保全、沖縄・座間味村が導入を検討」する事態になっているとのことです。2001年から漂着ごみの清掃と調査を行っている宮古島市立池間中学校が池間島の海岸に漂着するごみの調査や美化活動で評価され、環境大臣賞を受賞していますが、地元の方々の努力は大変なことだと思います。沖縄タイムズによると県内38の有人離島の海岸に、推計で1年間に約6万個、1700キログラムのごみが漂着しているため、県土木建築部は「海浜地域浄化対策費を計上しているが、廃棄物処理施設の整備などで各市町村だけでは十分対応できない」と頭を抱えているそうです。財政状況の厳しい座間味村の村長さんが「素晴らしい自然環境の村を、国民の癒しの場として維持するには、どうしてもお金がかかる」と言われるのも納得せざるをえないのではないでしょうか。
滋賀県立大学ではごみ問題にも興味を持つ学生の1つのグループ、滋賀県立大学グリーン・コンシューマー・サークルが環境への負荷の少ない物品等を優先的に購入するグリーン購入について優れた取組を行う団体を表彰する環境省の第8回グリーン購入大賞を2006年2月に受賞しました。「Think globally, act locally.」とは1980年代から世界の政治家をも巻きこむ地球環境問題の議論の中で良く言われている標語ですが、私は逆の発想が重要だ、と考えています。つまり「Act locally, think globally.」です。分解性プラスティックに関しては、環境中に排出しないために「Act locally」の視点から地元での土壌分解・浄化を行い、畑の植物などに還元することが必要です。私はグリーン・コンシューマー・サークル以外にも、滋賀県立大学の環境サークル、フィールドワーク・クラブ、ジオサイエンス・クラブなどの環境問題に熱心なクラブ活動の顧問をやりながら学生とともに、また地元の「犬上川を豊かにする会」では住民や行政の担当者とともに「Act locally, think globally.」の視点で具体的な環境課題の解決策を私たちは話し合ってきました。
2)阿嘉島の変動地形
上述の阿嘉島臨海研究所滞在見聞録(伏見,2007)で紹介しましたように、阿嘉島は慶良間列島の「沈降性島弧の一部を形成している」(木崎,1992)とのことですが、阿嘉島南部や慶留間島の海岸に見られるキノコの形をした岩は沖縄本島の平和の礎周辺の海岸にも見られるものと共通し、隆起している地形を示すものとの印象をもちました。那覇で木崎さんにうかがったことによると、沖縄本島では地盤が上昇する南部にキノコ岩が分布し、北部は沈降地形のため見られないとのことです。そもそもキノコ岩の形成要因としては、1)地形上昇と2)海水位低下が考えられますが、温暖化による氷河融解で海水量の増大と水温上昇による海水の体積膨張が進行する中では2)の要因の可能性は少ないので、キノコ岩の存在は地形上昇の効果のほうが現在進行中の海水位上昇よりも大きいことを示すと解釈できます。
そこで今回は、岩尾さんに案内していただいたクシバルからクンシへの海岸で、石灰化しつつある(した)現在の海岸部とそれより比高が1mほど高い石灰化した旧汀線部の2つのテラス地形を観察しました。この2つのテラス地形はマジャノハマにも分布していますし、岩尾さんによると、クバマにもあるとのことです。石灰化の状態は、海岸の角礫岩を石灰質の細粒物質が充填しているものですが、部分的にさんご(岩尾さんによるとカメノコキクメイシ)がふくまれています。そのことは、生きているカメノコキクメイシが石灰化の進行する現汀線部に散在しているのを見ることができることからもうなずけます。
写真 阿嘉島のキノコ岩
つまり、比高が1mある旧汀線部と現汀線部の2つのテラスの存在と、両者の間に形成されているキノコ状の岩は最近の海岸部の上昇を示していると考えられます。いわゆるキノコ岩の傘の頂上部分は旧汀線部、基部が現在の汀線部にあたりますので、上記の石灰化した両テラスはまさに地形上昇の証拠になると解釈できます。したがって、沖縄本島南部と同様に少なくとも阿嘉島南部や慶留間島の一部は上昇している可能性があると考えられます。
この報告を書いていましたら、「25日午前5時53分ごろ、沖縄県久米島町、座間味村で震度3を観測した」との沖縄本島近海を震源とする地震があったとの報道がありました。ヒマラヤや琵琶湖などでも、地震の際に地盤変動が起こりますので、今回の地震で阿嘉島の地形にも変化が現れたかもしれません。
3)結びにかえて
阿嘉島滞在期間中は4月初めの満月・大潮の時期のあたり、海水位の低下した海岸で、通常は水面下に分布するため見にくい石灰化しつつある(した)現在の海岸テラスが陸化していたので、その地形的特徴を良く見ることができたのは幸いでした。しかしながら、今回の現地調査はクシバルとマジャノハマ周辺のみでしたので、上記の2つのテラス地形やキノコ岩などの広域的な分布特性を明らかにしたいと思っています。そこで、次回はできればカヌーなどの利用による阿嘉島全海岸の観察に加えて、慶留間島や外地島周辺でも石灰化した2つのテラス分布とキノコ岩などの地形的特徴をまとめることにあわせて、漂着ごみと接岸流・離岸流などとの関連を上述したさんご礁の保全の観点で見つめていきたいと希望しています。
阿嘉島滞在中は貴研究所の多くの方々が出張中にもかかわらず、いろいろとお世話いただき誠にありがとうございました。とくに岩尾さんに案内していただきました現地フィールドワークでは、阿嘉島の変動地形や漂着ごみなどに関する視察ができたことに加えて、温暖化で串本海中公園センターにまで分布をひろげたリュウキュウキッカサンゴを貴研究所のさんごの移植・増殖実験が行われているマジャノハマで教えていただき、心から感謝いたします。さらに今回も、上林さんのすばらしい料理でおもてなしをしていただき大いに感激したしだいです。
それでは、大森所長はじめ、みなさまのご研究の成果が実り豊かなものであることを祈念して、今回の報告とさせていただきます。
参考文献
大森信・ボイス=ソーンミラー(2006)海の生物多様性.築地書館、東京,230pp.
木崎甲子郎(1992)慶良間諸島の生い立ち.みどりいし,(3),1-2.
伏見碩二(2007)阿嘉島臨海研究所滞在見聞録.みどりいし,18,31-33.
6)付録の付録
上記の資料9で大森さんの新刊本「エビとカニの博物誌:世界の切手になった甲殻類」を紹介してくれましたので、早速購入し、下記の資料10でバイカル湖のヨコエビの質問をしたら、折り返し、資料11で丁寧に説明していただいたことに感謝します。
資料10
FUSHIMI Hiroji
2021/07/11
大森さまーーー伏見です
便利なもので、先ほど著書が届きましたので、斜め読みしました。仰る通り日本の切手が少ないのは残念ですが、琉球のカニ切手があるのです、ネ。30年ほど前のバイカル湖でヨコエビを見ましたが、切手になっているのでしょうか。ひとつ、素人の印象ですが、巻末の生物学索引(学名→和名)はなじめないので、和名→学名でひけると利用しやすくなるのではと蛇足ながら思った次第です。(バイカル湖のヨコエビ?と湖岸風景の写真を添付します。)
最後に、木崎さんの消息や原さんのK2の絵の情報を教えていただき感謝いたします。僕は先月末に2度目のワクチン接種を終えましたので、1年程戻っていない東京に行くつもりでしたが、オリパラでコロナ禍騒ぎが激しくなりましたため、まだしばらくは安全な琵琶湖にいるつもりです。では、コロナ禍の薬師岳の山行、くれぐれもご自愛ください。
資料11
Makoto Omori
2021/07/11
伏見様
バイカル湖のヨコエビの写真、拝見しました。バイカル湖はヨコエビ類の種の多様性が異状に高いことで知られています。世界の淡水域に棲むヨコエビ類は約1000種とされていますが、その内の25%程度がバイカル湖産です。それらは湖の食物連鎖を支えていて、ヨコエビなしでは魚も住めないということです。しかし、全く(1種も)切手の図柄にはされていません。ロシアの切手は漁業対象になるエビやカニだけです。
大森 信
〒251-0026 藤沢市鵠沼東2-3-315
Dr. M. Omori
Emeritus Professor
Tokyo University of Marine Science and Technology