2014年12月31日水曜日

2015年が良い年でありますように!

みなさまへ-伏見です。

「今年の漢字」の今年は「税」でした。なにやら、例のアベノミクスのしわ寄せで苦しんでいる世相を示しているようです。他の漢字圏の「今年の漢字」といえば、中国は「法」、台湾は「黒」、シンガポールは「乱」だったそうで、おしなべて、アジア漢字圏の暗い世相が現れています。ところが、子供たちの未来は明るく、楽しそうです。「今年の漢字」が示される同じ京都・清水寺の舞台で、未来はこうなってほしいと思う子供たちの漢字の発表があり、1位は「楽」でした。つづいて「明」「夢」「優」「幸」だったそうです。いずれも、楽しく明るい未来を希望しています。

ネパール・インド・パキスタンのアジアの学生を対象にしたカトマンズ大学での来春の講義(下記1)を前にして、大人たちの「今年の漢字」は老人力で忘れて、子供たちの「未来の漢字」にあやかりたい、と思っています。今年は「羊」年です。羊の字をふくむ漢字には、美、善、義など、明るい感じを示す言葉があり、美をもとめ・善をこころがけ・義をはたす社会を求めているようです。今日は、学生のひとりであるソナム・フティ・シェルパさんからうれしいメイルがきました(下記2)。冬の厳しい寒さのなかで、元気にクンブ地域周辺の氷河調査を行ってきたとのことです。彼女たちの土産話を楽しみにしているところです。

それでは、皆さまにとりましても、2015年が良い年でありますように祈念します。

記1
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/

記2
Request
伏見 碩二    2014/12/30  19:31
宛先: Sonam Futi Sherpa
Dear Sonam San,
Thank you to have sent me the below mail with your field news.
How were those glaciers Mera and Changrinup, and snow falls?
Well, I do hope you all will have " A Happy New Year, 2015".
" Good Luck and Tashi Delek " from Hiroji Fushimi

Sonam Futi Sherpa  2014/12/30 18:40
宛先: fushimih@hotmail.co.jp
sonamfuti.sherpa@gmail.com
Dear Fujimi San,
Tashi Delek
I am back to University from my field to Mera Glacier and Changrinup Glacier.
And about the contents you will be teaching us, I asked to my friends here at university and they said it looks very good.
I hope everything is going well there.
Yours Sincerely,
Sonam Futi Sherpa

2014年11月30日日曜日

錦秋に山岳博物館とカトマンズ大学講義を想う

錦秋に山岳博物館とカトマンズ大学を想う


1) 錦秋も過ぎなんとす

 大津でも黄(紅)葉が終わりかけ、雪虫が飛びかう季節になりましたので、しばらくすると、琵琶湖周辺の山々も初雪におおわれることでしょう。と思っていましたところ、12月1日夜の季節風の吹きだしで、伊吹山と比良山にも雪が降りました。大津市の瀬田川にかかる旧東海道の唐橋の大きなイチョウも今年は素晴らしい黄葉を見せてくれました(写真1左)。
写真1 イチョウの黄葉(左;大津市瀬田唐橋、右;ポカラの国際山岳博物館の庭師オームさんと)

 この季節になりますと、ポカラの国際山岳博物館(以下博物館とよびます)に植えてきたイチョウ(写真1の右)を思い出します。もともとは、料理や酒のつまみにと持ちこんだギンナンでしたが、いつの間にか芽が出ましたので、博物館を去る2010年初夏、高さ20cmほどに育ったイチョウ4本を植えてきました。そのイチョウですが、日本と同じように秋になると黄葉し、葉を落とし、春になると新緑の芽を出します。4年たった今では、当初の3倍ほどに育っていますが、大きくなるにはまだまだ数十年はかかることでしょう。

写真2 国際山岳博物館の窓(上)と庭(下)から眺めるマチャプチャリを中心にしたアンナプルナ連峰

 写真2のように、博物館からはすばらしいアンナプルナ連峰が見渡せますので、イチョウの黄葉越しにヒマラヤを眺めるのがひとつの夢なのですが、古希を過ぎた身には到底かないません。せめて将来、若い方々に見ていただきたいと思っているところです。

2) 国際山岳博物館の将来課題

写真3 国際山岳博物館の関係者会議(岸記念体育館にて)

 2014年11月21日に東京・原宿の岸記念体育館で、アジア山岳関係者の広島会議のために来られた博物館担当のネパール山岳協会副会長のサンタ・ラマさんを囲んで、博物館関係者の会議が行われました(写真3)。参加者は、これまで博物館にかかわってきたJICAシニア・ボランティア―初代の安藤久男さん、次の竹花晃さん、3代目の私、そして次の赤羽久多忠さんにくわえて、富山県立山カルデラ砂防博物館課長の飯田肇さんと上記広島会議の責任者で博物館を最初から支援してくださった日本山岳協会会長の神﨑忠男さんにも参加をお願いしました。(なお、神﨑さんには会議場として岸記念体育館を使用する便宜を図っていただきましたので、ここで改めて感謝します。)

 会議の内容は多岐にわたりましたが、まずサンタ・ラマさんからの現状報告として、
1)年間入館者16万人ほどの入館料を3割程度値上げしたので、財政的に楽になっている。
2)博物館の収納倉庫の新設や庭などへの水道施設の充実をはかっている。
3)人事に関しては、辞めてしまった地質の学芸員の問題、さらに現在の生物の学芸員やガイド役および事務長役の課題がある。
4)博物館の展示物が汚れてきている。
5)ノルウェイやイスラエルの博物館との友好関係を進める話がある。
6)12月中旬にはチョー・オユー登頂60周年の行事が予定されている。
などの報告がありました。

そこで、博物館のさまざまな課題に関して次のような議論が進められました。
1)上記3の課題のように、博物館員としての責任感をもった人を育てることが重要である。
2)上記1のように入館者は増えてきているが、リピーターを増やすことが必要である。
3)そのためには、上記3,4を改善し、展示の更新をするとともに、博物館のホームページも更新・充実すること。
4)博物館支援のための新たなNPOを設立するのは大変なので、飯田さんたちが行っている立山エベレスト友好協会の活動の一環として、博物館員の研修や博物館で放映するビデオ作製などの支援を行う。
5)上記5と関係して、”国際”と銘うった博物館としては、多くの国との友好・姉妹関係を結ぶことがふさわしいので、立山カルデラ砂防博物館との姉妹関係をできるだけ早期に実現する(なお、サンタ・ラマさんからは博物館どうしの姉妹関係第1号にしたいとの提言がありました。)

写真4 国際山岳博物館関係者のスナップ写真(後列中央がサンタ・ラマさん)

 当日夜は、JICA を退職した牛木久雄さん(写真3の後列左から3人目)も加わって、広島会議へのネパール人出席者との懇親会が開かれました(写真4)。

3) カトマンズ大学講義に向けて

 カトマンズ大学のリジャン・カヤスタさんから、現在進めているカトマンズ大学講義のホーム・ページ(写真5;http://environmentalchangesofthenepalhimalaya.weebly.com/)に彼の研究室(ヒマラヤ雪氷圏、気候と災害研究センター;Himalayan Cryoshere, Climate and Disaster Research Center)のホーム・ページ(http://www.ku.edu.np/env/index.php?go=dis)をリンクしても良い、という下記のメイルをもらいました。
 その資料のお陰で、講義の受講者の学生情報などが分かりました。それによると、15人の学生のうち、外国人留学生が5人(パキスタン3人、インド2人)で、あとの10人のネパール人学生のうち3人が東ネパール・クンブ地域出身者であるとのことです。ネパール人受講者の3割ほどがシェルパ民族であることは、山岳民族のシェルパの人たちがヒマラヤの環境問題に関心をもっていることを示しているようです。温暖化でヒマラヤの氷河が急速に融けていく中で、さまざまな環境問題が起こっていますので、これからの彼らの成長と将来の活躍が楽しみです。カトマンズ大学の講義では、現実に発生している環境課題を取り上げ、受講者の学生たちとその対策を(できればフィールドでも)議論していきたいと考えているところです。

 My visit to KU for 4 months‏
Date: Wed, 26 Nov 2014 17:32:58 +0545
From: rijan@ku.edu.np
To: fushimih@hotmail.co.jp
Dear Fushimi sensei,
Thanks for creating a homepage for your activities in Kathmandu University, Nepal. Your topics seems alright for me. Your past experiences of glaciological research in the Himalayas will be very much appreciated. 
You can put the homepage address of HiCCDRC http://www.ku.edu.np/env/index.php?go=dis. Because your official attachment will be with this center. Soon I get official permission for your Visiting Professor Status from our university authority. 
Regards,
Rijan


写真5 カトマンズ大学講義のホームページ

 また、受講生のひとり、ソナム・フティ・シェルパさん(写真6の中央)から、講義への期待が下記のように寄せられていますので、ITスペシャリストの干場悟さんともども、来春の2月から5月までのカトマンズ大学の講義準備をすすめているところです。

Sonam Futi Sherpa   
2014/10/22 
Dear Fujimi San, 
Namaste 
I have a tihar vacation from today for a week. 
We all are looking forward to attend your lecture. It would be a very good opportunity for us. 
Hope to see you soon. I hope all is well with you.
Take care. 
Best regards, 
Sonam Futi Sherpa


写真6 カトマンズ大学の受講生たち(2014年春のヒマラヤ・シンポジウムにて)


2014年10月18日土曜日

立山・御前沢調査とカトマンズ大学講義準備

立山・御前沢調査とカトマンズ大学講義準備


   2014109日から12日まで立山・千寿ケ原に滞在し、1)御前沢雪渓の調査(写真1-14)と2)カトマンズ大学の講義準備(写真15-18)を行いましたので報告します。


写真1.御前沢調査図(朱色の線はJPS軌跡、カメラ印は写真撮影地点)

写真2.浄土山北面の雪渓規模の変遷

1)御前沢雪渓の調査


まず、一ノ越の南にある浄土山北面の雪渓規模の変遷ですが、前回の報告(参考資料1のように「2006年のほぼ同時期と比べると、今年の雪渓(赤い波線)はかなり縮小している」(写真2)のにくわえて、今回の規模(黒い波線)はさらに縮小し、雪渓下部中央部にわずか2ヶ所に残存していました。現地は107日に初雪が降りましたが、この雪渓は、はたして越年できるかどうかの規模まで縮小しています。

写真3.立山頂上から見た御前沢(2014.10.10;左の黄色の点はベルグシュルンドの位置)

写真4.立山頂上から見た御前沢(2006.08.24

さて、立山・御前沢(写真3)ですが、2006年の雪渓状態(写真4)とは撮影時期は異なりますが、上記の浄土山北面の雪渓規模の比較と同様に、雪渓の規模が今年は縮小していると解釈できます。そのためもあり、御前沢下部右岸(写真3の黄色の丸点)のベルグシュルンド(雪渓と山腹との間の隙間;写真5)が広がっていたため、雪渓の底部に潜り込み、氷の観察をすることができました。

写真5.御前沢下部の右岸にあるベルグシュルンド

写真6.雪渓下部に見られる透明氷と気泡氷の互層構造

もともと、この調査の目的は「氷河構造(参考資料2)の観点から、御前沢雪渓(氷河)の底面付近に発達する透明氷と気泡を多く含む不透明氷の互層構造が、はたして立山カルデラ砂防博物館学芸課長の飯田肇氏らが報告している積雪が積み重なってできた年層構造なのか、それとも氷体の流動によって形成されたフォリエーション(葉理)構造なのかを調査したいと思っていました。というのは、年層なら積雪が積み重なった雪渓構造、バブル・フォリエーションなら流動現象に結びつく氷河構造と解釈でき、さらに地質屋の観点から言えば、前者は積雪やフィルンの堆積岩、そして後者は片岩や片麻岩の変成岩にも匹敵する大きな違いがあるからです。また、剱岳の三ノ窓雪渓のクレバス断面にも年層と考えられる層構造がみられるとの報告(参考資料3)があり、すくなくとも、このような構造が広く見られているのは氷河構造の観点からみて、大変興味ある現象です。さらにつけ加えるならば、この構造が現在も形成されているのか、それとも過去の化石的なものか、の判断も重要といえましょう。」(参考資料1)

写真7.汚れ層との境に介在する木の枝

写真8.汚れ層との境に介在する木の枝

そこで雪渓底部の氷の特徴を見ますと、透明な氷と気泡を多く含む氷との互層(写真6)の氷体については、ところどころに、比較的新しい年代と思われる木の枝(写真7と8)を含む汚れ層を介在しています。そこで、汚れ層面に直行する氷の薄片を作り、気泡形と結晶形について調べました。まず、気泡形は円形で大きさは1~mm(写真9)で不規則に分布し、ネパールのクンブ地域にあるギャジョ氷河で観測されたような氷河の流動方向にひき伸ばされた気泡構造(写真10)は認められません。

写真9.雪渓下部氷の気泡構造

写真10.ギャジョ氷河の気泡構造

次に結晶形を見ますと、5mmほどの細粒の結晶が全体的に分布しており(写真11)、前記のギャジョ氷河で観測されたような氷河氷に特徴的な複雑な粒界を示す大きな結晶(写真12)は認められませんし、見ましたところ、氷河氷に特有な結晶(主軸)方位の定方位性(ファブリック・パターン)も現れていないようです。以上のことから、今回調査したベルグシュルンドの雪渓下部は氷河流動のせん断応力の動的環境下で形成された(変成岩に対応する)氷ではなく、雪渓下部で積雪結晶が粗大化したザラメ雪が静的に氷化した(堆積岩の性質をもつ)氷であり、その氷の年代は介在する木の枝からみて比較的新しい、と解釈できます。さらに、調査地点のベルグシュルンド内部は融解がすすみ、雪渓下部の氷体構造は化石化している可能性が高いと思われます。
* ギャジョ氷河
Structural studies on Gyajo Glacier in Khumbu region, east Nepal
http://glacierworld.weebly.com/712462125151247212519277032782728246.html

写真11.雪渓下部氷の結晶構造

写真12.ギャジョ氷河の結晶構造

御前沢雪渓下部右岸のベルグシュルンド底部に見られる透明な氷と気泡を多く含む氷の互層は、今回の調査で氷河の流動によって形成されたバブル・フォリエーション構造ではなく、飯田さんがビデオで説明している降雪の堆積過程を示す雪渓の年層構造であることが分かりました。今回の調査では、期待していた氷河氷の証拠はつかめませんでしたが、もし残っているとすれば、浄土山北面の最後に残された小さな雪渓の位置が示すように、御前沢のかつての氷河の氷体は(あるとすれば)、雪渓の下流中央の底部に見つかるのではないでしょうか。そのような場所でボーリングをし、かつての氷河氷を取りだし、その結晶を見てみたいものです。それにしても、「剱岳の三ノ窓雪渓のクレバス断面にも年層と考えられる層構造がみられる」(参考資料3)とのことですので、それは私たちが今回御前沢のベルグシュルンド底部で調査した氷体構造とどのように違うのか、興味あるところです。

写真13.立山頂上でのメンバー(右;飯田さん、中;富山さん、左;松田さん)

写真14ザイルで確保してくれた御前沢上部の富山さん

今回の御前沢の雪渓調査は前述の飯田さんのほかに、立山ガイド協会の富山宏治氏と松田好弘氏(写真13)に協力していただきました。とくに、立山頂上から御前沢雪渓に向う山稜で、私が転倒し、腰と背中を強打した後は、再度の転倒に備えてザイルを結んでくれたこと(写真14)、および私の靴底が剥がれたため、テーピングで補強してくださったことなどに対して、メンバーの方々に心から感謝するとともに、私のいたらなさを大いに反省するしだいです。

追記
  2年前のことだが、立山カルデラ砂防博物館で「立山氷河」の展示があった時、雪渓の横断方向の割れ目の模型について福井英一郎さんと議論したことがある。展示されていた模型の割れ目は垂直に底まで達している(写真)ので、雪渓の割れ目の構造ではないか、氷河なら、流速が底よりも表面のほうが早いので、垂直ではなく、傾くし、氷河のクレバスは氷河流動による両側壁への圧縮応力による割れ目で、雪渓の場合に見られる横断方向のテンション・クラックとは異なっている。さらに、氷河流動による底部への圧縮応力が加われば、雪渓に見られるアーチ型の底部のトンネルは安定的に存在しないので、それがみられるのは雪渓であることを示す。

写真説明 展示されていた模型の割れ目は垂直に底まで達している。

   

2)カトマンズ大学の講義準備

 
 カトマンズ大学の講義(KU Lecture-Environmental Changes of the Nepal Himalaya-)については、前回(参考資料1)も報告しましたが、201421~531日の4カ月に50回ほどの2時間講義をするかたわら、3月初めの1週間は国際氷河協会の学会がカトマンズで、また5月には学生たちとのヒマラヤ調査が予定されていますので、講義の全体構成を考えているところです。そこで、立山カルデラ砂防博物館で作業をされているITの専門家の干場悟氏に協力していただき、学生と双方向のやり取りができる講義体制を構築しているところです(参考資料4)。

写真15.カトマンズ大学講義のホームページ


写真16.カトマンズ大学講義の内容概要

講義の内容(画像なども含む)は、事前に学生たちにネットを使って伝え(写真15~18)、講義後はレポート提出や疑問・意見提出などは、ネパールでのコピー機による大量の紙使用は非現実的ですので、学生たちとの双方向的なやり取りをネットでするペーパー・レスの講義体制を考えています。干場さんは「Smart Lecture」の考えで構想をねっておられますが、私自身はとてもITにはついていけませんので、せめて、できるだけ「Open Lecture」を目指して、学生たちとの現場での議論や風通しの良い情報交換をしていけたら、と思っているところです。ただ、「Smart Lecture」に関する干場氏の言をお借りしますと「今回の取り組みが、今後の講義の形式に多少なる変革をもたらす要素がふんたんに潜んでいると自負しています。学生も先生も、ITの使い方をマスターしなければなりません。さらに、先生も、従来のコピーされたテキストで毎年同じ講義をするのではなく、自身の創作のウェブテキストを作成しなければなりませんよねぇ」とのことですので、干場氏のご指摘を肝に銘じていきたいと思っているところです。

写真17.カトマンズ大学講義のイントロ内容


写真18.カトマンズ大学講義のイントロ関連の画像

ネパールおよびインド・パキスタンの修士課程の15名の学生たちとのカトマンズ大学の講義は私にとって初めての体験で、さまざまな問題点がでてくることでしょうが、来年のヒマラヤの春にすすめられるカトマンズ大学講義の新たな経験を皆さまに逐次報告していきたいと考えています。

参考資料
1)立山から”残暑お見舞い”申し上げます。
http://glacierworld.weebly.com/431435236651236312425652882014241802279965289.html
2)On preferred orientation of glacier and experimentally deformed ice. 1972, Journal of Geological Society of Japan, 78, 12, 659-675.
3)福井幸太郎・飯田肇(2012)飛騨山脈,立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷厚と流動-日本に現存する氷河の可能性について-.雪氷,74, 3, 213-222.
4)Kathmandu University (KU)
KU LECTURE―ENVIRONMENTAL CHANGES OF THE NEPAL HIMALAYA―
http://environmentalchangesofthenepalhimalaya.weebly.com/


2014年9月6日土曜日

立山から”残暑お見舞い申し上げます”

立山から”残暑お見舞い申し上げます。


 8月28日~31日は立山・千寿が原に行き、干場悟さんから下記のヒマラヤのデータベースの整備を教えていただき、2013年と2014年の調査写真14500枚ほどを写真データベースに新たに加えるとともに、8月29日にはケーブルとバスを継いで、室堂から一ノ越へトレッキングを行いました(図1,2)ので、今日は中秋の名月で時期的に少し遅れましたが、立山周辺の写真とともに“残暑お見舞い”を申し上げます。これからは、新たに加わった写真のキーワード付けをすすめていきたいと思っています。

1)時系列ブログ
氷河へのお誘い<http://hyougaosasoi.blogspot.jp>
2)テーマ別ウェブサイト
氷河へのお誘い<http://glacierworld.weebly.com>
3)ヒマラヤなどの写真データベース(11万点以上)
ピカサウェブアルバム<http://picasaweb.google.com/fushimih5>

 8月29日は比較的天気に恵まれ、千寿が原(491m)の立山ケーブル(写真01)に乗り、美女平(977m)からはバスで室堂に向いました。途中で、幹回りが10mを越えるという立派な立山杉の巨木(写真02)やブナ林を眺めて、子供たちや観光客で混雑する室堂のバスターミナル(2437m;写真03)に着きました。「立山(雄山)に登ってこそ一人前」という伝統的な考えが地元にはあるので、たくさんの子供たちをはじめ観光客も来ていましたが、感心したのは、登山道をはじめ周辺一帯にゴミがないことでした。環境教育がかなり浸透していることに感じ入りました。

 室堂の高山植物帯ではチングルマの花の時期は終わっていましたが、たくさんの綿毛(写真04)がじゅうたんのようにひろがり、ハイマツで覆われたミクリガ池(写真05)周辺には今だに雪渓が残っていました。登っていくにつれて、室堂山荘周辺の平坦地に分布するミクリガ池やミドリガ池などの雄大な展望を、雲がかかりはじめた奥大日岳山塊を背景(写真06)に楽しむことができました。一ノ越近くにはかなり大きな雪渓(写真07)があり、雪道を踏んで、室堂から1時間15分で一ノ越(2713m)に着きました。

  一ノ越の南にある浄土山北面には大きな雪渓(写真08)が残り、2006年のほぼ同時期と比べると、今年の雪渓はかなり縮小していることが分かりました(写真09)。また北にある立山・雄山(写真10;3003m)が間近に眺められ、2006年の滋賀県立大学の立山実習の時のことが思い出されました(写真11)。その滋賀県立大学の一行はこの日室堂小屋に来ていたのですが、今夏の実習を終えた彼らと立山に向った私たちは、弥陀ヶ原のどこかですれ違ったのは残念でした。立山周辺の岩陰ではリンドウの花(写真12)が咲き誇り、夏山気分を満喫することができました。

図1 表題「立山から残暑お見舞い」

図2 ルートを示すJPS軌跡と撮影地点番号

写真01 立山ケーブル終点美女平

写真02 美女平周辺の立山杉の巨木

写真03 室堂バスターミナルの学生グループ

写真04 室堂周辺のチングルマの綿毛

写真05 ハイマツに囲まれたみくりが池

写真06 奥大日岳山塊を背景に室堂山荘周辺のみくりが池(左)とみどりが池(右)の展望

写真07 一ノ越近くの雪渓を横切る

写真08 浄土山北面の雪渓

写真09 2006年と比較した浄土山北面の雪渓

写真10 立山・雄山山頂

写真11 滋賀県立大学の立山実習スナップ(雄山で2006年8月24日)


写真12 一ノ越周辺のリンドウ


写真13 立山・雄山から見た御前沢(2006年8月24日


写真14 御前沢雪渓(氷河)底面の氷の構造を年層と説明している飯田肇氏のビデオ

PS <その他>
1) 交詢社地球環境研究会
 9月4日は東京の銀座にある大森弘一郎氏の交詢社地球環境研究会で「ネパール・ヒマラヤの大きな氷河湖は、なぜ、氷河湖決壊洪水をおこさないのか?」(参考資料)を話してきました。会場には、大森氏と慶応大学同窓の多彩な方々や、中部大学の福井弘道氏、および東京大学の山田健太郎氏もおられ、興味あるご指摘を受けました。
参考資料
・  なぜ、ネパールの大規模氷河湖は決壊しないのか
ネパール中央部マナスル地域のツラギ氷河湖の水位低下現象とGLOFリスク低減機構http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013_05_01_archive.html
・ Fushimi et al, 1985 Nepal case study: Catastrophic Flood. Techniques for prediction of runoff from glacierized areas, International Association of Hydrological Sciences, 149, 125-130. 
・  The Himalayan Times 2013 Nepal, UNDP ink deal on cutting flood risk.
http://www.thehimalayantimes.com/fullNews.php?headline=Nepal%2C+UNDP+ink+deal+on+cutting+flood+risk+&NewsID=383913
・  ICIMOD  2011  Glacial Lakes and Glacial Lake Outburst Floods in Nepal. Kathmandu: ICIMOD.

2)立山・御前沢調査
 立山カルデラ砂防博物館の飯田肇・福井幸太郎両氏らが9月末~10月初めに御前沢(写真13)を調査するというので、参加させてもらうことにしました。私が最も興味を持つテーマは氷河構造(参考文献1)の観点から、御前沢雪渓(氷河)の底面付近に発達する透明氷と気泡を多く含む不透明氷の互層構造が、はたして飯田氏らが報告している積雪が積み重なってできた年層構造なのか(写真14)、それとも氷体の流動によって形成されたフォリエーション(葉理)構造なのかを調査したいと思っています。というのは、年層なら積雪が積み重なった雪渓構造、バブル・フォリエーションなら流動現象に結びつく氷河構造と解釈でき、さらに地質屋の観点から言えば、前者は積雪やフィルンの堆積岩、そして後者は片岩や片麻岩の変成岩にも匹敵する大きな違いがあるからです。また、剱岳の三ノ窓雪渓のクレバス断面にも「年層と考えられる層構造がみられる」(参考文献2)との報告があり、すくなくとも、このような構造が広く見られているのは氷河構造の観点からみて、大変興味ある現象です。さらにつけ加えるならば、この構造が現在も形成されているのか、それとも過去の化石的なものか、の判断も重要といえましょう。
参考文献
1) ON PREFERRED ORIENTATION OF GLACIER AND EXPERIMENTALLY DEFORMED ICE. 1972, JOURNAL OF GEOLOGICL SOCIETY OF JAPAN, 78, 12, 659-675.
2) 福井幸太郎・飯田肇(2012)飛騨山脈,立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷厚と流動-日本に現存する氷河の可能性について-.雪氷,74, 3, 213-222.

3)カトマンズ大学の講義
 ネパールのカトマンズ大学で2015年2月~5月に講義をするにあたり、お世話になっている友人のリジャンさんから下記のような講義内容のメイルがきましたので、50~60回(各回2時間)の講義を14人ほどの修士課程の学生にするための準備を今からはじめているところです。

1) How many classes in a week?
 About 3 or 4 which we can fix. Our M. S. by Research course is very flexible. There will be no classes when students are in field. However, there will be no mountain field trip in February and March. Also, this year we are having two students from India who will come only for one semester (Sept. 2014 - Feb. 2015) and hence we have to finish theoretical classes by February 2015. Therefore, I would like to request you to have little more classes in February and then we can reduce. 
2) How many student in a class?
 This year we will have 9 new students (1st year, M1) and 5 old (2nd yr., M2); total 14 students.
3) What is the lecture time ?
 Generally, we have 2 hours lecture slots with about 10-15 minutes breaks in between.
4) Others about the KU lecture system, if any.
 Since our glaciology course is research based, we have very flexibility. Also we are doing colloquium (paper review presentation) nearly daily.



2014年8月22日金曜日

回想 追悼 五百澤智也さん-ランタン谷の思い出-

追悼 五百澤智也さん-ランタン谷の思い出-

写真1.飛行機から見たランタン谷周辺の山々(上はパノラマ写真で左にランタン・リルン峰7227m、右にシシャ・パンマ峰8027m;下は中央から左にランタン・リルン山塊、右端にキムジュン峰6781m)

訃報
五百澤さんの訃報を知ったのは、2014116日でした。その日、「五百澤さんのご逝去」を知らずにだした年賀状への返事として、奥さまから寒中見舞いが届き、五百澤さんが20131214日にお亡くなりになった訃報を知ったところ、さらに、友人の牛木久雄さんから次のようなメイルがきました。「年賀状には、書けなかったですが。 国土地理院OBの友人から、下記のようなメイルが本日着信しました。」・・・・・・・「JAC会員・五百澤智也様(昔、地理院ご勤務)のご訃報、お知らせです。お亡くなりは、昨年末1214日。11月始めに入院なさった病院で、 「脳内出血」で。 昨夏に、お電話差し上げた際には、「足が弱くなって、 家庭菜園に行くのがやっと。」 と、いつに変わらぬ元気なお声でしたが、 突然の、残念なことになりました。 ご冥福を、お祈りします。そこで、牛木さんへは「本日、五百澤さんの奥さまから寒中見舞いがきまして、昨年1214日に永眠されたことを知ったばかりです。傘寿になられたのに、ご冥福をお祈りするばかりです。」と、返事をしました。

写真2.ランタン調査のフィールド・ノート(1975年1月20日)

写真3.ランタン谷のツェルベチェ氷河周辺で測量する五百澤智也氏(左)とツェルベチェ氷河構造のスケッチ(右)

はじめてのランタン谷
五百澤さんとご一緒したヒマラヤのフィールドが、カトマンズの北にある中央ネパールのランタン谷(写真1)でした。ぼくにとってはじめてのランタン谷のその時のフィールド・ノート(1975.011502.03)を見ると、現地でスケッチをたくさん描いています(写真2)。はじめてのフィールドだったからという理由だけではなく、きっと、細密なスケッチを描かれる五百澤さんの影響がぼくのフィールド・ノートの書き方にも影響したようです。私たちがランタン谷のキャンチェン・ゴンパに着いてまず始めた現地調査は、キムジュン峰(6781m)から流れてくるツェルベチェ氷河周辺で、氷河に対峙しながら測量をしている五百澤さんの立ち姿(写真3の左)を今でも思い出すことができます。
清水長正氏の「五百澤智也さん」(参考文献1)によると、「このまま地理院にいたのでは、本物の氷河を見る機会はない。氷河を見たことのない氷河地形学者では駄目だ」というので、「五百澤さんは1970年に国土地理院を退職し、以後、ヒマラヤに没頭された」(同上のp353上段)とのことですので、このランタン行きは、五百澤さんの退職後5年のことにあたります。当時はカトマンズからバスでトリスリ・バザールまで行き、そこからランタン谷までは、歩いて5日間ほどかかりました。五百澤さんとフィールドをともにしていますと、「国土地理院を37歳で退職後、自活のために考え出した空撮ステレオ写真から作った山や氷河の細密記録図」(参考文献2のp3)を作成するために、氷河地域の調査に敢然と立ち向かう五百澤さんの気迫をひしひしと感じました。
ランタン谷のツェルベチェ氷河はアイスフォールを思わすような急な氷河末端で、氷河流動を示す葉理(フォリエーション)構造が認められるとともに、氷河末端部には両岸に向って、またアイスフォール上部には横断方向にクレバス構造が発達しているのが認められました(写真3の右)。

写真4.滋賀県立大学フィールドワーク・クラブのメンバーと楽しんだランタン谷でのスナップ

写真5.2014年春のカトマンズ・シンポジウムで会ったカトマンズ大学の学生たちと

ランタン谷その後
五百澤さんは2002年に心筋梗塞になり、「地獄の入口まで行って戻ってきましたよ」と後で苦笑されていた」(参考文献1のp351下段)そうですが、ぼく自身は新しい滋賀県立大学に転勤した1年後の1996年春に狭心症になり、おそらく五百澤さんも経験したであろう心臓が絞めつけられる苦しみにおそわれ、「地獄の入口」(同上)を経験した後、いろいろな薬を飲まされるはめになりました。ただし、ぼくの場合はストレスが原因だったようで、ストレスの少ない生活をすれば、狭心症再発は免れる可能性があると言うので、それ以後はストレスのかかる大学の会議などはできるだけ失礼し、9つのクラブ活動の顧問(参考資料3)をしながら、学生たちとの大学生活を楽しむように努めました。そこで、狭心症発病4カ月後に、よりストレスの少ない生活を求めて、フィールドワーク・クラブの学生たちとともに半月ほどのランタン谷トレッキングに行き、ひさしぶりのヒマラヤ・トレッキング(写真4)をした結果、心臓の調子が良くなり、薬漬けの生活からやっと解放されました。
さらにまた、2015年春にはカトマンズ大学で講義をすることになっていますので、その時には講義だけではなく、カトマンズ大学の友人、リジャン氏が「We can organize a field trip in April or May in Langtang Valley. There will be frequent field trips for various purposes such as data collection, station maintenance and so on. 」と述べていますので、ランタン谷の現地でフィールドワークをしながら、2014年春のカトマンズ・シンポジウム(参考文献4)で会ったネパール人学生たち(写真5)とディスカッションしたいと思っているところです。


写真6.干場悟氏一行が2012年3月21日に撮影しツェルベチェ氷河下流域

ところでツェルベチェ氷河の末端変動ですが、干場悟氏一行は2012年春にカトマンズからシャブルベンシまでバスで行き、トレッキングでツェルベチェ氷河周辺に行った時に撮られた写真(写真6;参考文献5)と1975年のとを比較すると、末端位置が後退していることがはっきりと分かりました(写真7)ので、来春、ツェルベチェ氷河を再訪する時には、五百澤さんに伝授していただいた測量を行い、ネパールの学生たちとともに、ツェルベチェ氷河の末端変動をあきらかにしたいと計画しています。
  また、自動車道路が年々伸び、滋賀県立大学の学生たちと行った1976年のバス道路は、トリスリ・バザールからドュンチェまで伸び、ドュンチェ手前の地滑り地帯でバスの運転手さんは大いに苦労していましたが、2012年の干場さんたちの時はさらに道路が伸び、ランタン谷の入口であるシャブルベンシまで達していたとのことです。このような道路などの急速に進行している開発がおよぼす周辺環境への影響も見てきたいと思っているところです。

写真7.ツェルベチェ氷河の1975年と2012年の末端位置の変化から氷河の後退がはっきりと分かる。

参考文献
1.清水長正 (2014) 五百澤智也さん.山岳, 109, p.351-357
2.五百澤智也 (2007) 山と氷河の図譜.ナカニシヤ出版.
3.経歴  http://glacierworld.weebly.com/3207627508.html
4.ネパール2014春調査報告 8 -ICIMOD会議-
http://glacierworld.weebly.com/20142418026149124931249712540125233551926619812288icimod2025035696.html
5.干場悟 (2012) ランタントレッキング6日目http://jjhoshiba.blogspot.jp/2012_04_01_archive.html


PS
8月28日~31日は立山・千寿が原に行き、干場悟さんから下記のヒマラヤのデータベースの整備を教えていただく予定です。

1)時系列ブログ
氷河へのお誘い<http://hyougaosasoi.blogspot.jp
2)テーマ別ウェブサイト
氷河へのお誘い<http://glacierworld.weebly.com
3)ヒマラヤなどの写真データベース(10万点以上)
ピカサウェブアルバム<http://picasaweb.google.com/fushimih5