大西洋の南北循環の停止と地球環境への影響
1)はじめに
デンマークのコペンハーゲン大学の物理気候学者、ピーター・ディトレフセン教授らが2023年7月25日、「このまま温室効果ガスの排出が続けば、大西洋の海水が表層で北上し、深層で南下する南北循環(AMOC;注1)は今世紀半ば、早ければ2025年にも停止する恐れがある」(資料1)との研究結果を科学誌ネイチャーに発表しました。その時期が、近々の“来年”のことになるかもしれぬ、というのですから驚かされました。そしてさらにこの研究に関しては、オランダのユトレヒト大学の海洋大気の研究者のレネ・バン・ウェステン氏が「人為的な気候変動による負の副作用で、さらなる熱波や干ばつ、洪水をひきおこし、加えてAMOCが崩壊すれば、異常気象が引き起こされる可能性があるので、非常に心配だ」(資料2)と2024年8月5日に報告しています。
図1 海洋大循環図;点線は大西洋の南北循環(AMOC)を示す。
海洋大循環図(図1)が示すように、北大西洋の深層で南下するのが冷たい「北極低層水」(青矢印)で、表層で北上するのが暖かい「メキシコ湾流」(赤矢印)です。北極海で冷やされた塩分濃度の高い、従って密度が大きいため、北極低層水はメキシコ湾流の下を潜り込んで南下し、AMOCを形成します。グリーンランド沖で沈み込んだ北極低層水は、大西洋を南下し、南極海を経て、インド洋や太平洋へ達すると北上し、上層の海水と混合して密度が小さくなることによって上昇します。北太平洋とインド洋では北大西洋とは逆に、深層水が上昇して、その後は表層海流としてアフリカ大陸南端を通り、大西洋をメキシコ湾流として北上、出発点のグリーンランド沖へ戻ります。このように、地球全体の海水が循環している現象が海洋大循環です。
それでは、「AMOCが停止」したとしたら、地球環境はどうなるのでしょうか。僕は1963年11月から1965年5月までの1年半ほど北極海を漂流していた氷島アーリス2号に滞在し、海水の密度に影響する水温や塩分などの北極低層水の基本的な成分を分析していましたので、その体験もふまえて考察しました。
注1
大西洋子午面転覆循環(AMOC;Atlantic Meridional Overturning Circulation)
資料1
大西洋の海洋循環、今世紀半ばにも停止か 「早ければ2025年」
2023/07/26
https://www.cnn.co.jp/fringe/35207007.html
資料2
大西洋の海洋循環、早ければ2030年代後半にも停止か 新研究
2024/08/05
https://www.cnn.co.jp/fringe/35222382.html
2)北極海の環境変化
僕が滞在していた1960年代の北極海は「氷河期が来る」(資料3)と言われていたほどの寒冷期で、北極低層水の水温は0℃、塩分濃度は36‰(パーミル;千分率)ほどの密度が大きい状態でしたので、北極低層水が潜り込んでいくプロセスが発達し、AMOCが形成されていました。当時の北極海は広範囲に海氷で覆われ(写真1左)、氷島アーリス2号は北極海の時計回りの海流コースから外れ、北極点に近い北緯87度53分、西経76度38分付近に達した後、西風によって東に流され、グリーンランドの東岸沿いに南下し、大西洋のアイスランド近くの北緯69度45分、西経19度20分周辺付近まで、距離にして2000km以上にわたって漂流しました。大西洋近くまで来ると、波の影響で海氷が割れ始め、氷島基地の生活や観測体制が危険になりましたので、砕氷船アディスト号(写真1右)が来て、僕たちは1965年5月10日に救出され、アイスランドに向かいました。まさにこのアイスランド周辺の海域は、北極低層水がメキシコ湾流の下へ潜り込んでAMOCを形成するとともに、海洋大循環を駆動している場所なのです。
資料3
氷河期が来るー異常気象が告げる人間の危機―
根本順吉
1976/07/30
光文社
写真1 1960年代の北極海の海氷状態(左)と救出に来てくれた砕氷船アディスト号(右)
ところが、1980年代以降は地球温暖化の影響で、北極海の海氷が解けはじめ、海水面が拡大しています。そこで2020年6月に「砕氷LNG(Liquefied Natural Gas;液化天然ガス)船を使って、ロシアのLNG出荷基地を出航し、25日間で東京湾のLNGターミナルに初入港。ロシア北極圏からの北極海航路を通じたこの輸送で、スエズ運河経由に比べて航海距離を約65%短縮できた」(資料4)と報告されています。そのことは、北極圏が温暖化し、北極海の海水面が拡大し、氷結する期間も減ってきているため、航行可能な期間が長くなっていることを示しています。アフリカ南部の喜望峰を回るルートは航続距離が長いとともに、スエズ運河を経由する航路ではソマリア沖やマラッカ沖の海賊リスクがあるため、脱原発傾向が進むなかで、発電用燃料の石炭に代わる液化天然ガスの需要が高まっている点に注目すると、ヨーロッパやロシアの液化天然ガスの資源をアジアに運ぶ北極海航路はますます重要になることでしょう。しかしながら、北極海航路もスエズ運河を経由する航路も、ロシア・ウクライナとイスラエル・パレスチナでの紛争が続いている現在は残念ながら安全な航行をするには両戦争状態の影響をまぬがれることはできないようです。
ところで、北極海の温暖化による海氷の融解はプラス面ばかりではなく、ホッキョクグマにとっては致命的な影響をあたえているようです。ホッキョクグマは「北極海の海氷に乗ってアザラシ狩りをするが、海氷が解けて海水面が広がると、食べ物であるアザラシの確保や子育てが困難になるので、21世紀末にはホッキョクグマが絶滅する可能性がある」(資料5)と報告されています。一方、暖かい南の海の場合はウミガメが温暖化の影響をこうむっているようです。というのは、ウミガメの性別は、温度で決まるとされ、オーストラリアに生息するアオウミガメの場合は、「孵化温度が29.3℃だとオスとメスが半々で生まれ、その温度以下だとオス、以上ではメスの比率が高まる。世界最大のサンゴ礁地帯、グレート・バリア・リーフの調査結果によると、赤道に近く温度の高い北部では、9割を超える個体がメスになっていた。なかでも近年の温暖化の影響を大きく受けたとみられる若い個体では、99.1~99.8パーセントがメスだった。性比もオス1頭に対しメス116頭で、顕著な差」(資料6)がみられたことが報告されています。そのような顕著な性比では種を維持できるかどうかは疑問であり、危機的な状況にあると考えらえていますので、専門家らは「砂浜にテントを張って日陰をつくったり、巣に水をかけたりするなどして孵化温度を下げる必要性」(資料6)を強調しています。さらに、沖縄のサンゴの白化現象も温暖化が影響しているようです。資料7によると、サンゴが生きるのに適した水温は25度から28度ほどとされていて、沖縄本島北部の水温は、2024年の7月と8月、2か月連続で平均の海面水温が30度を超えているので、サンゴばかりでなく、イソギンチャクも褐虫藻が抜けて白化が進んでいる。沖縄本島近海では1998年にもサンゴの大規模な白化現象が起きているが、少しずつ回復してきたサンゴですが、沖縄本島近海では2022年にも部分的な白化現象が起きており、琉球大学の中村准教授によると、頻繁にサンゴの白化が起こる状況が続けば、今後、沖縄のサンゴ礁の衰退につながると指摘しています。
以上のように、地球温暖化がおよぼす海洋の環境変化は生物界にも大きな影響をあたえています。
資料4
砕氷LNG船が日本に初入港
~ロシア「最果ての地(ヤマル)」から北極海航路を経て日本へ~
2020/07/27
https://www.mol.co.jp/pr/2020/20042.html
資料5
ホッキョクグマ、2100年までに絶滅の恐れ 気候変動で
2020/07/21
https://www.bbc.com/japanese/53481987
資料6
温暖化でウミガメの99%がメスに、オーストラリア
グレート・バリア・リーフ北部のアオウミガメ、世界規模の問題の恐れも
2018/01/10
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/011000008/?P=1
資料7
”深刻化”する沖縄のサンゴ白化現象
2024/09/09
https://www.nhk.or.jp/okinawa/lreport/article/002/02/
3)”温暖化すると寒冷化する“パラドックスを恐れるヨーロッパ!
北緯45度の北海道北東部のオホーツク海は冬に流氷に覆われて、人間活動が停止します。しかし、北海道より1500km以上北に位置するヨーロッパの北緯60度以北のイギリス北部やノルウェーなどは暖かいメキシコ湾流のおかげで、冬でも港などが凍らないため人間活動が活発です。ところが、「AMOCの停止から数十年後には北極の氷が南下し始めて、100年後には、英イングランドの南海岸まで到達することになる。欧州をはじめ、米国の一部を含む北米大陸の平均気温は低下する」(資料1と2)と報告されています。そうなると、ヨーロッパの人間活動が制約を受けるとともに、イギリスとノルウェーにまたがる北海には石油や天然ガス採取のための櫓が林立しているので、そこに「北極の氷が南下」してくると、それらの櫓は倒されてしまいます。そのためヨーロッパの人たちは、”温暖化すると寒冷化する“というパラドックスを恐れているのだと思います。それだからなのでしょう、ヨーロッパの人たちは地球温暖化防止に大変熱心です。その象徴が「学校ストライキ」を行ったスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリさん(第6章「気候革命」参照)だと思います。
国連の気候変動枠組み条約の締約国会議(COP;Conference of the Parties))では、ヨーロッパの人たちがリーダーシップを発揮し、2015年の会議(COP21)でパリ協定を採択、気候変動問題の対応に関する国際的な枠組みがまとまりました。その協定は1997年のCOP3で採択された京都議定書以来18年ぶりとなる気候変動に関する国際的枠組みであり、気候変動枠組条約に加盟する196カ国全てが参加する取り決めとしては史上初です。それを機に世界の気候変動への取り組みが加速しました。パリ協定(資料8)では、「産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑え、加えて平均気温上昇1.5度未満を目指すための対策として、2030年までに、EUでは1990年比で温室効果ガス排出量を国内で少なくとも40%削減、またスイスでは1990年比で温室効果ガス排出量を50%削減するのに対して、日本では2013年比で、温室効果ガス排出量を26%削減」するとしています。そこでヨーロッパの人たちは、「すべての国が日本レベルの目標を採用するならば、地球温暖化が21世紀に3℃から4℃を超える可能性が高く、不十分である」(資料8)として日本の対策を批判し、温暖化防止の国際会議が開かれるたびに、脱炭素に後ろ向きとされる日本は環境団体から不名誉な「化石賞」があたえられているのです。
さらに、アゼルバイジャンの首都バクーで2024年11月11日に開かれるCOP29(資料9)は「ファイナンス(資金)COPと呼ばれ、気候変動に脆弱な途上国が対策を進めるために必要な資金を国際的にどのように集め、配分するかについての合意を目指しているが、資金目標で何らかの合意につなげたとしても、2024年11月5日のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領がホワイトハウスに戻ることになれば、かつてのアメリカが行ったパリ協定への否定的な対応と同様に、COP29の新協定を再びほごにするのは確実だ」というトランプ・リスクが地球温暖化対策へどのような影響をあたえるかが心配されています。そこでUNEP(国連環境計画)はCOP29開催がされるのを前に、「2023年の温室効果ガスの排出量は2022年に比べ1.3%増加し、571億トンと過去最も多く、国別ではEUが7.5%、アメリカが1.4%、それぞれ減少してはいるが、中国が5.2%、インドが6.1%、それぞれ増加している。このままでは世界の平均気温は今世紀末までに産業革命前に比べて、2.6度から3.1度上昇するという見通しを示し、パリ協定に基づき、気温の上昇を1.5度に抑えるという国際社会の目標の達成には、2030年までに排出量を2019年と比べ42%削減する必要がある」(資料10)との報告書を発表しました。そのため国連のグテーレス事務総長は、「今回の報告書は明確で、私たちは火遊びをしているが、もうこれ以上時間稼ぎはできないということだ」(資料10)と警告し、さらなる対策の必要性を訴えています。
資料8
パリ協定
https://ja.wikipedia.org/wiki/パリ協定_(気候変動)
資料9
COP29につきまとうトランプ氏の影
2024/10/18
https://mainichi.jp/articles/20241017/k00/00m/030/171000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20241019
資料10
国連 “世界の平均気温 今世紀末までに最大3.1度上昇”
2024/10/25
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241025/k10014618621000.html
4)温暖化による海洋大循環と日本の漁業環境への影響
日本各地では2024年の夏も去年同様に猛暑でした。季節外れの暑さが続いた9月、東日本と西日本の平均気温は、9月としては気象庁が統計を取り始めてから最も高くなったことが報告(資料11)されました。気象庁によると、全国の気象庁の観測点で35度以上の猛暑日となった地点数を積算すると1450余りに達し、比較ができる2010年以降、9月としては最も多くなり、9月は上旬から中旬にかけて各地で気温が高くなり、20日には静岡市で39.2度を観測するとともに、福岡県太宰府市では猛暑日の日数が9月中旬までで62日にも達しました。
北海道の大雪山系トムラウシ山(2141メートル)にあるトムラウシ南沼では、「夏場の残雪が減り続け、2024年の夏は確認できなかった(資料12)そうです。日本チョウ類保全協会理事で大雪山系の環境調査に取り組む写真家の渡辺康之さんによると、「沼の周辺では国の天然記念物に指定されているチョウのアサヒヒョウモンの個体数が減少。チングルマやエゾコザクラなど高山植物の群落が減る一方、乾燥に強いササの分布が拡大し、温暖化の影響が出ている」(資料12)ことが報告されています。
また真夏の猛暑のため、僕が住む琵琶湖の瀬田川沿いのモミジは8月に紅葉がはやくも始まったかと思うと、9月には夏枯れがひどくなり(写真2)、やがて葉が枯れ落ちてしまいました。これでは例年のように11月の紅葉が楽しめないばかりか、来年の新緑や紅葉が心配なほどです。以上のように、温暖化の影響は日本各地にも顕著に現れています。
資料11
東日本と西日本 9月の平均気温 統計を取り始めてから最高
2024/10/01
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241001/k10014597931000.html
資料12
トムラウシ南沼で夏場の残雪が減少 大雪山系温暖化影響で生態系に変化も<気候異変>
2024/10/25
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1079921/?utm_source=newsletter&utm_medium=mail&utm_campaign=2024102517
写真2 瀬田川沿いのモミジの夏枯れ;2024/08/18(左)と2024/09/04(右)の状況
海洋大循環の影響は日本にとってみても大きく、豊富な栄養塩をもった北太平洋の深層水が上昇し(図1)、豊富な魚を運ぶ表層水の親潮や黒潮が形成されるため、日本近海の北太平洋は世界の三大漁場の一つになるほどです。しかし、「国内の漁業生産量のピークは1984年の1282万トンで、2023年には372万トンまで減少した。近海の主要魚種であるサンマ、サケ、イカ、サバ、カツオなどの落ち込みが大きい」(資料13)と報告されているように、1980年代以降の漁獲量減少の一因とされるのが、地球温暖化です。気象庁によると、「日本近海の海面水温はこの100年で1.28度高くなった。低水温を好むサンマの生息域が沖へ移ったり、サケが姿を消したりしている。ブリやフグの漁場が北上し、フグの漁獲量は北海道が全国一となっている」(資料13)とのことです。このことは、日本近海では、寒流の親潮の影響が衰え、反対に、暖流の黒潮の勢力が強くなっていることを示唆します。従って、北大西洋のグリーンランド沖を出発点とする海洋大循環は、めぐり巡って、日本近海の海流やひいては漁業環境にも影響をあたえている、可能性があります。
資料13
海の異変と日本漁業 資源守り持続可能な姿に
2024/08/17
https://mainichi.jp/articles/20240817/ddm/002/070/094000c
5)温暖化による氷河の融解と海面上昇
1995年の東ネパール・クンブ地域の氷河調査に参加し、かつて長期間滞在したギャジョ氷河に17年ぶりに再会し、実に興味ある発見をすることができました。というのは、1970年代にはいわゆる典型的なカール(圏谷)氷河だったギャジョ氷河が、著しく融解・消耗し、雪渓のような氷体に変わっているのを見つけたからです(写真3左)。そもそも、「氷河から雪渓に変化する」現象(資料14)を一生の内に体験できるとは思ってもいませんでしたので、大いに驚きました。クンブ地域の低位置氷河の全体的な縮小化・雪渓化がすすむなかで、溶け水が増えているため氷河湖が拡大し(写真3右)、間欠的な氷河湖洪水(資料15)や泥流被害、また場合によっては雪崩災害なども多発しています。
写真3 ギャジョ氷河の雪渓化(左)と氷河の融解による氷河湖の拡大(右)
資料14
ヒマラヤ寒冷圏自然現象群集の将来像―生態的氷河学と自然史学の視点からー.(1997) 地学雑誌, 106, 2, 280-285.
資料15
Nepal Case Study: Catastrophic Floods (1985) Techniques for Prediction of Runoff from Glacierized Areas, International Association of Hydrological Sciences, 149, 125-130.
スイス東部のピツォル氷河は、スイス連邦工科大学チューリヒ校の専門家、マティアス・フース博士によると、「2006年からこれまでに体積の80~90%を失い、残っているのはフットボール場にして約4面足らず、2万6000平方メートルの氷原だけ。同国の観測システムから外れる初の氷河となる見通しだ。氷河の後退が進むスイスで2019年9月22日、ピツォル氷河の消失を悼む葬儀が執り行われ、気候変動問題に取り組むスイス気候保護協会が主催した葬儀には、約250人が集まり、一行はピツォル氷河まで登り、地元の司祭が追悼の辞を述べた」(写真4;資料16)とのことです。
写真4 氷河の「葬儀」に出席した参列者一行(左)とその女性(右);CNNの写真
スイス気候保護協会のコーディネーター、アレッサンドラ・デジャコミ氏は、「スイスのピツォル氷河は消えた。多少の雪は残るが、氷河はもうない。転がっている氷のかけらも次第に岩石の破片で覆われていく。スイスの氷河の8割がピツォル氷河と同じような状態で、このままではほかの氷河でも同じことが起きる」(資料16)と警告した。その警告通り、地球温暖化の影響で、アルプスやヒマラヤをはじめ世界各地の氷河は急速に縮小している。南米ベネズエラでは、「フンボルト氷河が消失し、ベネズエラは間違いなく現代で最初に氷河を失った国になった。次に氷河がなくなる国は、インドネシア、メキシコ、スロベニアだろう」(資料17)などと報告されています。
資料16
消えた氷河を悼む「葬儀」実施、数百人が参列 スイス
2019/09/23
https://www.cnn.co.jp/fringe/35142970.html
資料17
南米ベネズエラに残っていた最後の氷河が「消失」
2024/05/09
https://rief-jp.org/ct8/145234
世界の氷河の大規模な融解は、場所によっては深刻な海面上昇を引き起こしています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)によると、「1901~2018年の間に世界の平均海面水位は0.2メートル上昇。71~18年の海面上昇の原因の50%が海水の熱膨張、42%が氷河や氷床の減少だったが、06~18年は氷河や氷床の質量の減少が主な原因」(資料18)とのことです。海面上昇は、氷床の融解によって今後も続くとされています。海面上昇は世界各地の沿岸都市に深刻な影響を及ぼすことでしょう。海面が上昇すれば、高潮・高波被害のリスクが増すだけでなく、沿岸部に住む人たちが居住地を失い、移住を強いられることにもなります。日本もひとごとではなく、環境省の気候変動影響評価報告書によると、現在より海面が0.8メートル上昇すると、日本沿岸のゼロメートル地帯の面積は1.6倍(資料19)になり、台風などで高潮などが発生した場合の被害拡大は必至です。また冬季の気温上昇等により、「琵琶湖においては、冬季全循環が生じなくなる年が生じ、底層水が貧酸素化する年が増えることで底層利用魚の生息適水域の面積が減少する年が生じること」(資料19)も予測されています。富栄養化する琵琶湖では「底層水の貧酸素化」が問題になっていますが、北極低層水が溶存酸素を大西洋の深層に運ぶのと同様に、冷たいため密度が高く溶存酸素が豊富な雪解け水が琵琶湖岸から潜り込み、底層に酸素を供給する役割(資料20)をはたしていましたが、温暖化で降雪量が減少し、雪解け水が少なくなっていますので、その役割は残念ながら期待できなくなっています。
資料18
世界各地で前例ない氷河融解 海面上昇がもたらす「破滅的事態」
2024/08/10
https://mainichi.jp/articles/20240809/k00/00m/040/011000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20240810
資料19
気候変動影響評価報告書
令和 2 年 12 月
https://www.env.go.jp/content/000120416.pdf
資料20
気候変動と琵琶湖の水資源.(1995) 水資源・環境研究, 水資源・環境学会, 8, 36-47.
米航空宇宙局(NASA)の科学者の予想では、「ツバルの平均標高は海抜わずか2メートル。この30年間で海面は15センチ上昇しており、これは世界平均の1.5倍に相当する。ツバルの全住民の60%が生活するフナフティ環礁の場所によっては20メートルの幅しかない細長い土地に、いくつかの村がしがみついているので、2050年にはこの環礁の半分が、毎日の満潮時に海面下に没する。その頃のツバルでは海面上昇が1メートル、最悪の場合はその2倍にも達し、フナフティ環礁の90%が海面下に沈む。海面上昇の問題は、ツバルという国家の存亡にかかわる脅威」(資料21)になっているとの深刻な状況が報告されています。そのため、ツバルをはじめ海面上昇問題をかかえる南太平洋諸国は地球温暖化防止を強く訴えています。
ツバルなどの海洋諸国が抱える海面上昇の課題とは逆に、水位低下の環境課題に見舞われているのがカスピ海です。カスピ海は海岸線が約6400キロにおよび、地球最大の内海で、カザフスタン、イラン、アゼルバイジャン、ロシア、トルクメニスタンの5カ国にまたがっています。カスピ海はこの乾燥地域の気候を調整し、中央アジアに降雨と湿気をもたらす役割も担っていますが、カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海はかつて世界最大規模の湖だったが、人間の活動と深刻化する気候危機によって壊滅し、ほぼ消滅したのと同様に、カスピ海のここ数十年は水量の減少が加速している問題を抱えています。資料22によると、各国が進める貯水池やダムの建設や地球温暖化などの人間活動が重要な影響を及ぼしているので、2100年までにカスピ海の水位は最大30メートルも低下する可能性があることを示唆する研究もあり、地球温暖化のより楽観的なシナリオでも、カスピ海の北部、主にカザフスタン周辺の浅瀬は完全に消滅するとの見方を示しています。カスピ海固有の野生生物にとって状況はすでに悲惨で、世界のキャビアの90%を供給している絶滅危惧種の野生チョウザメをはじめ、カスピ海にのみ生息している絶滅危惧種カスピカイ・アザラシも危機にひんしており、カスピ海北東部では2009年に2万5000頭が確認されていたが、2020年の春には1頭も観察されなかったそうです。このような著しい環境変化に見舞われているカスピ海西岸の都市であるバクーで第3章で述べたCOP29(資料9)が開催されます。
僕は北極海の調査(資料23)を終えて、ヨーロッパから中近東地域を経て、ネパールの地質氷河調査隊に参加するため、1965年の夏にイランからアフガニスタンに向かっていた時、アフガニスタンの国境がコレラ蔓延のために閉鎖されていたので、豊かな湿地環境で有名だったカスピ海岸のラムサールに近い宿舎で1か月ほど滞在したことがあります。ラムサールは「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(いわゆるラムサール条約)が1971年に制定された場所ですが、半世紀を過ぎた現在、はたしてラムサールの「豊かな湿地環境」がどのようになっているのか、気にかかるところです。
資料21
領土沈んでも国として存続を、水没危機のツバルが国際社会にアピール
2024/09/27
https://jp.reuters.com/world/environment/markets/global-markets/SJ73X5VZZFPP5I4U2JH5VYXPS4-2024-09-27/
資料22
世界最大の湖、カスピ海が急速に縮小 浅瀬は完全に消滅との予測も
2024/10/25
https://www.cnn.co.jp/fringe/35225351.html
資料23
サロンからヒマラヤへの想い
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/nepal2016/salon-to-himalaya/
6)気候革命(注2)
第3章で紹介したグレタ・トゥーンベリさんが2018年にたった1人で始めた「気候のための学校ストライキ」の活動は、多くの若者たちに影響をあたえ、世界に広がっていきました。2019年、ニューヨーク国連本部で開催された国連気候変動サミットでグレタ・トゥーンベリさんは地球温暖化に真剣に取り組んでいない各国のリーダーを前にして、「私たちはあなたたちを見ている。あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか!よくそんなことができますね!」(資料24)などと各国のリーダーを叱責する「怒りのスピーチ」を行い、大きな反響を呼んだことはご存知の方が多いと思います。
資料24
グレタ・トゥーンベリさん、国連で怒りのスピーチ
2019/09/24
https://www.huffingtonpost.jp/entry/greta-thunberg-un-speech_jp_5d8959e6e4b0938b5932fcb6
注2)
気候革命
毎日新聞は「気候革命」というタイトルで、世界各地で起きている気候変動の影響、それへの対策や副作用をつぶさに報告していく。新しい社会や産業、生活を構築するためにどうすればいいか、読者とともに考えたい。人類に残された時間は長くはない。
毎日新聞 2022/8/11
https://mainichi.jp/articles/20220810/k00/00m/030/016000c
国連環境計画(UNEP)によると、「国や企業に対して気候変動対策の強化を求める気候訴訟が注目を集め、2022年末までに世界で提起された気候訴訟は2180件もある。その多くはパリ協定(2015年)採択以降に提起され、国や企業の温室効果ガス(GHG)排出削減目標の強化や気候変動対策の実施を命じる判決」(資料25)も現れているとのことです。ヨーロッパ人権裁判所は2024年4月、「スイス政府の気候変動対策が不十分だとするスイス市民の訴えについて、私生活をめぐる権利が侵害されているとして認める判決を言い渡しました。その上でスイス政府は、状況の改善のため具体的な対策を検討しなくてはならないとしています。政府の気候変動対策が人権に関わるとする判断をヨーロッパ人権裁判所が示したのは初めてで、原告側は画期的」(資料26)だとしています。さらに、前述のツバルは気候変動と国際法に関する小島嶼国委員会(COSIS)の共同議長国で、国際海洋法裁判所において、2024年5月、「各国は気候変動から海洋を保護する義務を負う」との勧告的意見(資料27)を勝ち取りました。同裁判所が気候変動関連で判断を示したのはこれが最初とのことです。
資料25
気候訴訟―司法を通じて気候変動問題を解決する
2024/08/06
https://kikonet.org/content/36073
資料26
欧州人権裁判所 “スイス政府の気候変動対策 不十分”初判断
2024/04/10
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240410/k10014417311000.html
資料27
領土沈んでも国として存続を、水没危機のツバルが国際社会にアピール
2024/09/27
https://jp.reuters.com/world/environment/markets/global-markets/SJ73X5VZZFPP5I4U2JH5VYXPS4-2024-09-27/
日本では、全国の10~20代の男女16人が2024年8月6日、気候変動の悪影響は若い世代の人権を侵害しているとして、二酸化炭素(CO2)排出量の多い火力発電事業者10社を相手取り、CO2排出を削減するよう求めて名古屋地裁に提訴しました(資料28)。政府や企業に気候変動対策の強化を迫る訴訟が国際的に相次いでいますが、弁護団によると日本で全国規模の集団訴訟が起こされたのは初めてだそうです。原告は「名古屋市の中学3年の男子生徒や、東京都や奈良県などの大学生ら14~29歳の若者16人。一方、被告は東京電力と中部電力が折半出資する発電会社JERAや東北電力、関西電力、九州電力、神戸製鋼所など国内で火力発電事業を行う企業計10社。訴状では、19年度の被告10社のCO2排出量は、日本のエネルギー起源の排出量の約3割に当たると指摘。排出量の多い石炭火力発電を50年まで運用し続けようとしており、今後も地球温暖化に有害な影響をもたらしていくとして、平均気温上昇1.5度未満を目指すため、CO2排出量を19年度比で30年までに48%、35年までに65%削減」(資料28)することを求めています。
はたして、日本の裁判所はどのような判決を出すのでしょうか。ヨーロッパをはじめ世界的にくだされている気候変動対策の強化を迫る判決の影響が日本にもおよぶのかどうか、を刮目して待っているところです。
資料28
「気候変動、若者の人権を侵害」 CO2排出削減求め16人が提訴
2024/08/06
https://mainichi.jp/articles/20240806/k00/00m/040/331000c
7)追記
極地研究所の牛尾収輝さんから「雪氷学会員にも広く配信される方が良いかと思いますので、メーリングリストSeppyo-Talkに投稿されてはいかがでしょうか」との指摘をいただきました。そこで、僕のブログの趣旨が“氷河へのお誘い”となっていますし、今回のブログのテーマが氷河にも関係しますので、「Seppyo-Talk」にも送付することにしました。指摘してくださった牛尾収輝さんには改めて感謝します。
"氷河へのお誘い" ヒマラヤなどの氷河地域の自然と人の生活をかいま見た旅行紀行をお届けし、皆さまをお誘いしたいと思っています。
2024年11月1日金曜日
大西洋の南北循環の停止と地球環境への影響
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